2016/05/18

整備された思考のお庭

工学部・水柿助教授の日常 (幻冬舎文庫)
森 博嗣
幻冬舎
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工学部・水柿助教授の逡巡 (幻冬舎文庫)
森 博嗣
幻冬舎
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工学部・水柿助教授の解脱 The Nirvana of Dr.Mizukaki (幻冬舎文庫)
森 博嗣
幻冬舎
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電子書籍で3冊セットを購入したので素敵な表紙を堪能できていません。
いちおう架空の人物がでているけど自伝的な小説。小説なのか?と何度も首をかしげるけど、そのたび「これは小説である」と断りが入るので小説なのです。
言葉遊びの飛躍、想像力の飛躍がぽんぽん飛び出して、何の話をしていたかわからなくなる。脱線に次ぐ脱線が最初はとにかく苦痛です(笑)

1作目の「日常」はテンポやスタイルに慣れるのがいっぱいいっぱいでちょっとした苦行だわ…と思って読み進めていましたが、須摩子さんとのなれそめあたりからめちゃめちゃ面白くなってきました。2人の関係を私は気にしていたのね……。だって彼の本読んでたら3行に1回は奥様のことですもんね!!!気になるの仕方ないよね!!

そう、須摩子さん(ささきすばるさん)といえば、森さんの別の本「半熟セミナ」の表紙のせいで、私の脳内では今敏監督アニメの「パプリカ」で再現されておりました。口調とあってると思います。パプリカかわいいです、大好きです。躁状態というか、ハレの映画というか、お話も好きです。筒井康隆だっけ?あと平沢進の主題歌も好きです。

森さんは常々「いつもいろんなことを思い浮かべている」とおっしゃっているので、この小説のような脱線を脱線が追い越すみたいな怒濤のチャンネル切り替えが、彼の頭の中でいつも起こっているんだろうと思います。なのでこの作品は、彼の思考回路を少しだけ疑似体験できるものなんじゃ?親父ギャグ連発とか、()の中をとても長くして何の補足だったかを忘れさせたりとか、でも最後にちゃんとふわっと戻ってきたり、ギャグも関連性があったりして、破綻してるように感じるけど、実際はもっと大きなまとまりになっているという仕組み。だから読み手も頭の中のスケールを大きくして読まなきゃいけないんですね。そういう訓練に最適です。テンポに慣れたらゲラゲラ笑えるとてもたのしい読みものでありました。

特に「なにをかいわんや」「あにはからんや」あたりの古い言い回しの気に入りようがツボにはいってしまいました。私も密かに言葉の響き面白いよな…と思っていたので執拗に繰り返してくれて嬉しかったです。

そして私が強くマーカーをひいた(といってもipad上だけども)のは、水柿君の小説があたってお金持ちになったときの須摩子さんの描写です。
貧乏だったときの「コーヒー代も入ってない」でホロリとし、夫が趣味に使う金額は増えているのに「もっと節約しなきゃ」と夫に言われてしまうところで歯ぎしりし…その辺で気づいたけど、その描写をしているのも夫の森さんなんだよなあと思うと、「貧乏だったころの大変そうだった奥様」の姿をずっと記憶してらしたんですね……夫婦愛……と勝手にほくほくするのであります。

関係ないけどお金持ちになったあとの「印税が入りすぎてたまに記帳させたら3冊になって返ってきたりした」ってとこもマーカーが。確定申告大変そう。

あとあと、須摩子さんが7人目のガールフレンド、だとか、1人でいる方がすきといいつつ合コンのセッティング役をそつなくこなすだとか、森さんはどう考えても人見知りじゃないし、こつこつ趣味を極めるギークでありながらリア充という、すごい存在なのだと確信しました。

2016/05/14

めまいといったら

風邪をひいた。いつもなら2日あれば余裕で治せるのだけど、今回は謎に5日かかりました。最初は熱とめまい、それがおさまると重たい頭痛が長引き、ようやく頭痛が消えかけた今は咳に苦しんでいます。

特に今回は頭痛がひどく、動けないほどではないけど座っていられない程度に痛かった。病院でもらう頓服を6時間すぎたらすぐ飲んで耐えましたなあ。

頭痛が長引くといつも思い出すのはE.M.フォースター作「インドへの道」に出てくるアデラ・クウェステッド。ひどいめまいに襲われる彼女はインド人の罪をでっちあげる。宗主国イギリスのインドへの偏見がめまいと化して襲いかかるわけです。そしてクライマックスで霧が晴れたようにめまいから解放された彼女は、すべての妄言を取り消す。そう、めまいに襲われている間は他人が許せなくなるんだよねって、そんな話ではない。

私がその作品を卒論に選んだのは、卒業論文くらいは自分と同じ時代に生きていない人の、あんまり娯楽要素のない作品を取り上げて四苦八苦するべきじゃないかと思い込んだせいだったりする。案の定何が面白いのかまったくわからぬ小説であったし、長かった。でもラストの締め方はかっこよかった。
結局コツコツ勉強する楽しみに出会うことなく適当に卒論を切り抜けたので、この作品を選んだ恩恵みたいなのはまったくないのだけど、
ひとつあげるならば頭痛やめまいがひどい時の体や頭の重さ等の説明に、アデラの症状がうってつけなことくらいかな。もちろん周りで読んでいる人は皆無なので、「今アデラ状態っす」なんて説明が通じることはない。ただ頭痛でのたうちまわるときにアデラを思い出すだけです。

あとお茶会(だっけ?)を企画しただけで借金が大変なことになるアジズ可哀相だったなあって……

卒論のときに買ったこの本は今でも本棚に置いてあるので
いつでもリベンジできます。さていつになるかしら。


2016/05/12

思ったことを書く。

ブログの更新にはPCがうってつけであるけれども
今の家では我がノートPCに居場所がないのですよね。毎回バッグから引っ張りだして電源をつないで…という一連の作業がめんどくさく、あまり開けることが無くなってしまいました。
でもブログかきたいよーう
っていうのをアプリか何かで解消できる日を心待ちにしていたのだけど、bloggerはちゃんとしたアプリを作るつもりないらしい。というか他のブログはどうなんでしょう。アメーバとかは、さすがに対応しているのかな?と思う。

かかるコストがネックで欲しいけど迷いに迷っていたiPad proをとうとう購入。一番でかいやつです。もちろんApple pencilも買いました。PCを開かないと絵も描かなくなってしまうので、それらを一気に解決してくれそうだったからです。
smart keyboardはまあまあの働き。変換がうまくいかないのはしょうがないとして
ミスタッチあまりないです。あとスペースのデフォルトが半角なの、地味に良いです。

レビューではいろいろ書かれますけど、結局判断するのは自分なので、
人の評価はそんなにあてにならないよって森博嗣さんも言ってたなあと思って
えいやっっと思い切ったわけです。まだドキドキしています(笑)骨の髄まで庶民ですね。

Apple pencilは、もともと持っていたprocreateが対応しているとのことだったので使ってみたら…反応おそい?筆圧感知もあんまり…?だったので何事かと思ったら
私が1年くらいアップデートしていなかっただけでした〜
アプデした瞬間いきなり繊細になりやがった。さすがである。ペンタブのように紙に描いてるような質感は期待できないから、どんなもんじゃいと思っていましたが
なかなか楽しめそうです!わーい。

あとは秘密兵器・djay proも楽しみです。この大きな画面でdj、よだれがでます。
画像のアップが今のところあまりうまくいかないかな。
Googleフォトの設定をいじったらいけるかな?そこまでできたらブログたくさん書けるようになりそうです。

2016/05/09

げんざいのもりひろし度

ファンサイトの会員になって過去のあれこれを読み漁りながら
「森博嗣の道具箱」「ミステリィ工作室」「数奇にして有限の良い終末を」を同時進行で読んでいる程度です。没頭にもほどがあるだろう!

2016/03/28

いいかげんにしたほうが良くないですか

つぶやきのクリーム The cream of the notes (講談社文庫)
森 博嗣
講談社 (2012-09-14)
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つぼやきのテリーヌ The cream of the notes 2 (講談社文庫)
森 博嗣
講談社 (2013-12-13)
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つぼねのカトリーヌ The cream of the notes 3 (講談社文庫)
森 博嗣
講談社 (2014-12-12)
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ツンドラモンスーン The cream of the notes 4 (講談社文庫)
森 博嗣
講談社 (2015-12-15)
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猛烈に読んでいます。
大学生のころから、読んだ本のよいところをノートに抜き書きする癖があって、こうしないと落ち着かないのです。誰もが無駄っていうんだろうなあっていう作業。でも最近からノートを「紳士なノート」のB5版にしたので、書き心地の良さにうっとりしながら時間を費やしています。

森さんの本も前にもいったように100個おもいつきをあげるシリーズはでているものはすべて読んでいるので(現時点であと『素直に生きる100の講義』のみ途中)書き写したいところがわんさかあり、手が痛いです。書き写してないで行動するのが正しいのですが……とにかく書き写しただけで満足する形で終わらないようにするぞ。

(といいつつ最近のデザイン仕事で誘惑に負け続け「こつこつ努力」を実践できなかったのですが……前の記事で「勝率が上がっている」と書いたのもつかの間、負けました。許してにゃん♡←クリームシリーズの1,2巻の解説がももちさんだったため)(この場合の許してにゃん♡は自分に向けての謝罪なのだけど、自分に謝ると確かに「謝るくらいならやれよ!」て思いますね)

書き写すまえに、自分に耳が痛い話題のときはすでにそれが分かるので、「げふっ…」と血を吐くようなメンタルになります。人がいったことコピィしても何にもなんないよ、とか(笑)

・根に持たないで意見はすぐその人に伝える。そして帳消しにして普通にふるまう。嫌われていても気にしない。
・嫌な人でも誰でも人の言葉に耳を傾ける。好きになる必要はない。反発しても拒否してもいいから、意見は聞いておく。あとで気づくことがあるかもしれないから。

などの箇所は普段接する「あまり好きでないひと」を思い浮かべながら読むと歯ぎしりをしたくなる思い。
案外、嫌な人の隣にいるだけではなくて、その人に「どの辺がどう嫌か」を面と向かって伝えることもめんどくさいし、辛いものと感じているので、それができる人は本当に凄いなと思うのだよねえ。
あと「指摘することで嫌われたくない」という意識がある。自己保身は感情から来るものなので、ここを切り分けることこそ「感情」と「行動」を分けることの難しさだなあと。たまに逆上することがあるとき、「今がその観察の練習になるのでは!」と意気込むのですけど、「観察する側の自分」はどうしても「イライラする私」に邪魔されてしまいます。
むー。どうしたものか。

森さんが観察からぼんぼん思いつきをうみだしてる姿をみると、素直に何でも観察してみて自分に生かすのってとっても楽しそうなんですよね。プライドに邪魔されるイライラ、捨てたい、捨てたいのよー!

それと何度かtwitter、facebook、その他無料で利用できるポイントカードなど、無料で利用できるものはその裏にメリットがあるからタダなのであって、けっしてお得ではないと警鐘を鳴らしているのがガツンと来ました。大のtwitter好きなのですが、時々言語表現の狭さとか、トピックに対するコメントのパターン化とか、たたくにふさわしい発言をみつけてはリンチにもってくかんじとかが「うーん」と思うことがあったので。
森さんはもっと高次な観点から無料SNSの危ないところをおっしゃってますけれど、そこはまったく思いつかなかった。なんたる愚鈍!日常に潜む支配をしっかり認識しておきたいです。
というわけで、なんとなくツイッタから離れるようにしています。

あとkpopアイドルを好きになったりスポーツを見たりするけれど、応援のしかたがそれぞれ私の方法はとてもマイナーだなと思っていたのですが、それに関しての指摘もありました。すべての根源は感情が最優先される報道や風潮なのだな。「ファンにはサービスすべき」「情に訴えるものは素晴らしい」「感動を求めて当たり前」という考え方、これも普段気づかない「支配」の枠組みなのかも。


そうそう、森さんが休刊になってしまった雑誌に連載していたというエッセイがwebで公開されていることをキャッチしました!

 やれば良いのだ。やるだけなのだ。ほかに道はない。今直面していること、やりたくないこと、それをやれば良い。やる気なんか出す必要はない。いやいややれば良い。泣く泣くやれば良い。それだけのこと。やりさえすれば、それであっさり解決し、だんだんやる気も出てくる。
【連載】森博嗣 道なき未知 〈第3回〉万能の秘訣を教えよう

いやいや泣く泣くが嫌すぎてやれないという感情の手強さに参っていますが、また対怠けたい自分の勝率あげていきたい。切実に。

2016/03/21

「神様が殺してくれる」

神様が殺してくれる (幻冬舎文庫)
森 博嗣
幻冬舎 (2016-04-12)
売り上げランキング: 5,702
ミステリーは苦手。だけど読んだあととても清々しい気持ちになれたので嫌いじゃなかったんだなあと思えるお話。

 リオンという絶世の美人はジェンダーの垣根を越えた美の象徴であるのだなあと。
主人公が、相手を男か女かという観点を度外視して「愛しているのか?」「惹かれているのか?」ということのみを自問するのがよかったです。

心地よいと感じた理由は、トリックというか物語の進み方が読み手の思い込みをうまく利用していて そのことが、私が普段とらわれている枠の存在を教えてくれているような気がしたからかな。 

主人公レナルドとミシェルのカップルを想像するだけでどきどきします。
切なさをたくさん抱えているのに、それを嘆くわけでもなく自然と寄り添って
でも言わないだけで抱えているものの重さはすごいんだろうなあ

最後まで読み終えてはじめて、「おお、この2人のシーンが一番ドラマティックでは…」と気づくの、楽しかった!
リオン自体は象徴だからか、「美」以外に目立ってこないのもおもしろいですね
小説の中の美人ってだいたい魔法とか使える無敵キャラじゃないですか……(笑)

というかリオンの存在のなかに萩尾望都的な美の追究が見られてとてもほくほくしています。
真の美しさの前では性差なんて飾りなのです、ということか。
ああ、とっても自由だなあ。

でもミステリの殺人がないと始まらない感じがやはり苦手です。
殺したいポイントが今回もよくわからなかったし
でも森さんが他の本でいっていたけど、なぜ殺したか…!ではなくて
犯人を突き止めるまでの論理的なプロセスに楽しみを見いだすのもミステリーの読み方のひとつなんでしょうね

 久々に本を一気読みしてしまった!

2016/03/04

ねこ


飼っています。
保護ネコの猫カフェやってるとこから6ヵ月の女の子をもらってきて、3ヵ月くらい経ちました

完全にネコ派なのでそれはもう愛くるしくて辛いです。おなかに手をいれたらなでてくれと言わんばかりに足をおっぴろげるところとか、必ずそばで寝たがるところとか、すやすや寝てるところとか
ふわふわ柔らかい天使。

最初は猫好きだけど飼うのは乗り気じゃなかったんですよね。自分の勝手で動物の命をあずかることがいいこととは思えなくて。
同居人がどうしても!というので飼い始めましたが、この葛藤はずっと続くのだろうなと思います。

それにしてもまったく違う生物なので、あっちの要求や、備わっている本能からくる反応がいちいちこちらの要望とかけ離れていて、「おまえなんかかわいくもなんともないやい!」という気持ちに毎日1回はなっていると思う。

使ってるペンに興味をしめしてわざわざ触ってくるし、乗るなといっても机にのるし、コップは落とすしソファをひっかくし…

ひとことでいうと、「思うとおりにならない」なんですよね。そこでいらいらしてるのは完璧に自分が理想を猫に押しつけているだけで、できない猫は猫のまま生きているだけ。

そこでハッと気づいたのが、これって将来子ども生まれたときのシミュレーションっぽい?ということ。

いたずらをしたときにもちろん怒鳴ったり、机にのってたら猫を押しておろしたりとかするんだけど、相手があまりにも弱者だと、つい適切な処罰以上のことをしてしまいそうになるときとか。
自分でもびっくりします。「わからずやのこいつをもっと懲らしめたい」という加虐心のような気持ちが芽生えようとする。
この気持ちをエスカレートさせないように、感情と行動を切り分けなきゃ!とあわてて落ち着くようにしていますが、こどもができたときも起こりうることなんだろうなあと。感情を野放しにしないで、感情がわく前提で冷静に対応しておきたい。

あとは撫で繰り回したいときに猫がその気じゃなくて逃げようとするとき。うっかりがっちりホールドしちゃうときもあるのですが、愛情の押しつけってのも虐待みたいなものだなあと考えて、パッと離すようにしています。

すごい動物好きのひとは「ペットのほうが上」みたいな態度をふつうにとれるとおもうけど、私はいわゆる動物愛好家ではないので、こういうことに気づけてほんとよかったです。
「弱い存在」という意味でペットと子どもは似てると思う。弱くともきちんと相手を尊重する、いい修行の場になっています。

私が乗り気じゃないのに膝に乗ってくるのはどうなのと思うけど(笑)、まあ猫ちゃんには「住んでいただいてる」くらいの方がいいのかもね。


それにしてもかわいい。

「常識にとらわれない100の講義」

常識にとらわれない100の講義 (だいわ文庫)
森 博嗣
大和書房
売り上げランキング: 97,978
印象に残ったことばのだいたいの内容と、それにかんして思ったこと。

文系はデジタルだと感じる。僕の本の読み方はとてもアナログで、記憶もアナログなので本をかくときに言葉というデジタルに変換する。
よくどんな場面だったかはおぼえてなくても「ある一言」だけをしっかり覚えてる人がいるけど、ああいうのをデジタルだなーと思う

「どんな感じだったか」でさえ残ってない読書がよくあって、読んだことだけ覚えてるけどほぼ覚えていない、というのは果たして自分にとってよいことなのか…?と考える。
でも良い・悪いのための読書じゃないかもしれないし。
難しい本なんて読んだ瞬間からなんのことだったか忘れていくのは、文字をただ追っているだけなんだよね。アナログな記憶として残るように読むには。


自分が好きな考えじゃなくても正しいと思ったらそう書くし、自分のことを棚にあげてそうすべきだと思ったらそう書く。

客観的に見るというのがぜんぜんできていない…と身につまされているのだけど、「自分でできているわけじゃないけど、正しいと思う行い」をふつうに書くということも客観のひとつなんだ!ということに気づいた。「自分を棚に上げる」って客観的に見るのと同じくらい難しいかもしれない。


自分の嫌いな、苦手なものを自分でつくってみることで思い込みから自由になれる。みんな自分の好きじゃないことを「理解できない」のではなくそもそも「理解しようとしていない」のである。

正直いってまっっったくできない。嫌だなあと思う人に対して必ずぶち切れで対応してしまう、言い聞かせてはいるけど実践となると全敗しています。行動と感情を切り離す練習として、苦手なものを「理解しようとしてみる」ことがいいのかも。
なぜいらいらするのかさえもサラッと分析できるようになっちゃおう。


2016/03/02

今日も声が聞こえる

森博嗣さんのエッセイを爆読み中。「作家の収入」とか「科学的とは~」とかを経て、「つぶやきのクリーム」シリーズは3冊ほど読み、「100の講義」シリーズをhontoでまとめ買いしてそちらにうつっています。
なんどもなんども出てくるトピックほど繰り返しすり込まれていくからよく覚えている。

その中で「努力とかやる気とかそんなこといってるひまあったらとにかくやれ」みたいなのがあって、かなり耳が痛いので胸に何度もふかーく刻まれました。(ちなみに森博嗣さんは書いたことをまるっと覚えず抽象化してなんとなく記憶することを大変よしとする方です)
ちょうど忙しくなっているところで、普段の仕事+うちに持ち帰ってやるものがあるのですが
私は
「仕事をうちでやる」
というのが最悪にできなかったんです。

いつまでもだらだら怠けて最後に慌てるタイプ。フライヤーとかもそう。辛い。苦しい。みたいなことをちょっと前に書いてましたね!

破れる殻だろうか~デザインという苦痛~

今読み返してみるとなんかすごくかわいそうな奴だなと思います。そのときはすごく必死にのたうちまわりながら書いていたと思うんだけど、客観的にみるとちょっとうざいですね(笑)

でも森博嗣さんの言葉をよむたび
「好きなことやりましょう」
「時間が必要?つくりましょう」
「ないならなぜないのかを考えましょう。あのときやるべきことをやらずに怠けていましたね?」
「金もないなら何かを我慢して捻出することは必ず可能です」
「つまり自由に好きなことができないおまえはその努力をしていない」

という、圧倒的な勝利の方程式がでてくるわけです。
森さん自身が「子どものときは面倒くさがりでやりたくなさすぎることがあったので、仕方なく前もって準備だけするようになったら、しぶしぶでもやるようになった」というエピソードも添えて。

しぶしぶでもやる、やる気がでるのを待たずにやる、とにかくやれ、そしたらできてる

という地道な実践の積み重ねでしか、なりたい自分には近づけないよ、と。

こういうことは何万回もあらゆる本でみてきたんだけど、森さんのエッセイ群でようやく、ほんとうにようやく、腰をちょいあげるくらいまでこぎつけることができまました。

たとえば急いでる朝、たまってる食器みて「今すぐに少しやれば少し減る…ぜんぶじゃなくても少しでいいから…」とまるで森先生に見られてるかのように動いてみたり。
もういいや~ 今度やろ~と寝転がった瞬間も「少しやれば…」という声がきこえてくるんです。

まあでもいつも誘惑に完全勝利しているわけではなくて、負けるときもありますけど、勝率があがってきたかんじがします。
結局自分の運命を決めるのは今の自分の行動だけだものなあ

これからも感情に行動が邪魔されないよう、両者をわける訓練を続けていきます。

2016/02/29

ひとりヨガり

DVD付 心を整える リラックスおうちヨガ・プログラム (高橋書店 ヨガの本シリーズ)
サントーシマ香
高橋書店
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ヨガはじめました。
もちろん健康促進になれば嬉しいのですが、それよりもまず心のおもりになっている気持ちをポイッと捨ててしまいたい、というのが強くて、リラクゼーションを目的としたこちらの本を買ってみました。

アマゾンなんかでは「ゆるいポーズばかりで物足りなかった…」などの声があるんですが、私は始めて3日目あたりでわりとしっかり筋肉痛になりました。
ガーン。運動不足なの分かっていたけどここまでとは…これは継続的にヨガを続けないと早死にしてしまう!
あと普段、いかに姿勢が前のめりで胸を開いていないかが分かりました。そりゃ頭痛が頻繁に起こるし、生理痛も重いよなあ。

プログラムはストレス発散、気持ちを落ち着かせる、元気を得る、粘り強さを出す、お休み前の5つからなっていて、ウォーミングアップをやってから朝は元気出すやつ、夜はお休み前をやっています。
日によるんだけど、寝る前にヨガをやっておくと翌日の目覚めが良い気がする。目覚め方によって一日の過ごし方がかわるとおもうので、これはとてもプラスです。

そしてスペシャルプログラムとして、「20分間で数時間の睡眠に匹敵するリラックス効果」が得られるという、ヨガニードラも入っているのですが、この本で一番これが楽しみだったりしたのですが、開始3分までにいつも寝落ちしてしまいます…どんなに起きているときでもダメだ。ゴールまでいけるよう、トライし続けます。

まずは始めたばかりなので自己流でもいいかなとはおもうんだけど、気がつくと呼吸が浅かったり止まってることがあるのでその辺をインストラクターさんにちゃんと見てもらいたい。
通いやすいところにヨガスタジオないかしら。。。

躰を整えることをいまいちど意識しているこのごろです。

2015/11/15

マティアスとクッキー食べたい

飛ぶ教室 (光文社古典新訳文庫)
ケストナー
光文社
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こちらの訳で読みましたよ。ドイツのギムナジウムというと思い浮かべるのは萩尾望都作品なわけですが、1933年に出版されたというこの本を読んでみたら、萩尾先生の描いた雰囲気とだいたい一緒だなあという印象。

「トーマの心臓」なんかを読むと、男同士で好きとか愛してるとか言い過ぎているのでは…と(萩尾さんがBL推しなのもあってw)おろおろしていたのですけど。やはり寮生活で毎日ともに過ごすからか、男の子たちの結びつきは本書でもとても密なものでありました。それは元寮生の「正義さん」と「禁煙さん」もそうで、一度強固に築いた友情はいつまでたっても残るものなのでしょう。禁煙さんが結婚しても正義さんは一緒に住み続けていたとか、なんなんだ?とは思うんですけど。

物語に出てくるのは主に5人。書くのが上手なジョニー、優等生で正義を重んじるマルティン、食いしん坊でボクサー志望のマティアス、チビで臆病なウーリ、そしてなんか賢くて良い奴のゼバスティアン。
クリスマスのパーティ用につくった劇の練習や、近くの学校の生徒との決闘など、毎日を全力でかけぬける感じが生き生きと描かれています。

それにしても嫌な奴が誰一人として出てこない!マティアスなんて、腕っ節が強い大柄なんだからジャイアンになってもいいものの、親友のウーリをしっかり気づかえる優しさを持っていますし。クッキーほしさにお金を借りたあとは、ちゃんと返すし。ジャイアンとの対比がますます……。
マルティンもクラス1優秀なのに、けんかとなれば加勢するし、他の子もガリ勉とかいっていじめるわけではないし。
ここではみんなそれぞれ個性が認められて、誰も優位に立つこともせず清々しい友情がはぐくまれている。なんて素敵なんでしょう。みんなキラキラしていて描写がまぶしいです。

子どももそうなら大人もみないい人。通称「正義さん」のベーク先生は、社会の厳しさを教えながらも子どもたちのことを真剣に考えてくれる、最高な人。そして禁煙車両だった客車を家にしてすんでいる世捨て人の「禁煙さん」は、正義さんとは違うジャンルの最高な人。正しいことは正義さんへ、正しいのかどうかよくわからないことは禁煙さんへ、それぞれ相談するわけです。うらやましい。

正義さんが5人と、下級生を監督する9年生のテオドールに向けて自分が教師になるいきさつを語るシーンはずるいです。本当に先生には一点の曇りもないので、下級生に対していばりちらしているテオドールくんもすっかり先生の気高さに感染してしまう。極めつけはマティアスの「あの先生のためなら、おれ、首くくられてもいいぜ」という一言。
理想の上司欠乏症の現代社会に現れてくれないかな、正義さん……。ずるい。

正義さんの過去のエピソードはケストナー自身の実話なことから、正義さんはおそらくケストナーの思いがめちゃくちゃ詰まっていることだろうと思います。
なにせ出版された年はドイツでナチが政権をとった年。さらにケストナーは著作を焚書されたりしていて、社会に対してずっとあらがっていた人だったそうで。まさに理想の上司から一番遠いところにいる人物に権力を奪われた時代。そのさなかに「素敵な大人たち」を描くのって、もうほとんど祈りに近いです。

ケストナーがすごいのはぜったいに逃げなかったところですね。亡命もしなかったようで、よく殺されなかったわ…。この本の前書きにも「災難にあっても、目をそらさないで。うまくいかないことがあっても、驚かないで。運が悪くても、しょんぼりしないで。元気を出して。打たれ強くならなくちゃ」と勢いよくかかれていて、美しいです。
悪いことがあってもそれを嘆いたって何かが変わるわけではないから、耐えなくてはと。厳しいけれど、一度耐えてみせれば半分勝ったようなもの。子どもたちに送る最高のエールだなあ。


ところでお気に入りの箇所は、失業してちょう貧乏なマルティンのお父さんとお母さんの会話のシーン。

「こんなことを運命が許すとはな。お金がないと、どんなにひどい思いをするのか、まだあんなに小さいのに思い知ることになるんだから。親がこんなに無能で、こんなに貧乏なのを、どうか責めないでほしい」
「馬鹿なこと言わないで」と、妻が言った。「なんでまたそんなふうに考えるの?マルティンはまだ小さいけど、有能であることとお金持ちでることがおなじじゃないことくらい、ちゃんとわかってるわよ」
そ、そうだそうだ!(万年貧乏のわたし)


2015/11/12

かわいい、辛い、かわいい

悪童日記 [DVD]
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アルバトロス (2015-03-04)
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ベストセラーにもなり、ファンが多い原作の映画化。本を読みたいなと思いつつも「ぜったい辛いやつや…」と踏み込めずにいたので、映画から観てみました。

辛いやつやった…

愛に包まれて育った双子が、戦争を機に田舎の祖母宅に疎開させられるお話。父からもらったノートに日記をかき、母との約束で勉強だけは続けながら、過酷な毎日を生き延びる双子が、残酷さに打ち勝つために「訓練」と称してお互いを傷つけ合ったり、自分たちで残酷なことをしてみたり…と救いが見えない映画です。戦争の混乱で正義なんてとうになくなっていて、周りの大人たちも醜さをさらけ出していて。

自分の弱い部分をひたすら殺していくことでしか耐えきれない日常の、なんとも冷たくて厳しいことか……。双子と同じく一瞬も気をゆるめることができません。友達ができたり、親切にしてもらうことがあっても、その人たちだって簡単に殺されてしまう。

教会で働くお姉さん意地悪でしたねー。おそらくナチス支持者だったのかな。あんな風に連れて行かれるユダヤ人の行列をおもしろげに眺める人々も実際にいたのでしょうね。その残酷な光景の中で彼女が食べてるパンがめっちゃおいしそうなのがまたね。そしてお姉さんめちゃくちゃ美人でもうね……!この映画は「かわいい」と「つらい」の葛藤がすさまじいです。

お母さんとの再会シーンは、お母さんって私が気づけなくて「このひと誰やねん…」て思ってしまった(笑) だってあまりにも双子がそっけないから……訓練を重ねた日々の代償として、親への愛情も失ってしまったのがここで分かるんですが、またお母さんも新しい男がいたりして、人って弱い生き物ね…とため息。

お父さんも訪ねてくれるんですが、もはや他人同士でしかないんですよね。お互い警戒しあっているし。実際に殺されたわけではなくても、つながりがなくなってしまえばその人を失ったにも等しいので、戦争のむごさが浮き彫りになります。お母さんに言われたとおり「勉強」はしてるのに。お父さんにもらったノートに日記だって書き続けているのに、約束だけが残って約束した人物とのつながりが消えるという。

最後の訓練は正直そこまでしなくてもいいじゃないかって思うほどですが、彼らが真の意味で大人になるには必要だったのかもしれません。「お互い離ればなれになるのが一番こたえた」と言うシーンもあるくらい、強く結ばれている二人が別れる痛み。とっても重たいです。


主役の双子さんは監督がハンガリー中を調べ回ってみつけた素人さんだそうですが、この美しさのおかげで映画がぎりぎり耐えきれるかな!って感じだったので、本当に良いキャスティングです。一ミリも人を信用していないあの目つき、素晴らしかった。

あと口の悪すぎるおばあちゃんもコロコロしててかわいかった~!たまに娘や孫を思いやる感情が垣間見えてほっこりしました。撮影の合間に双子となかよくやっていたのかなと思うと萌える…

2015/11/05

深く潜ることとそのために必要な胆力

職業としての小説家 (Switch library)
村上春樹
スイッチパブリッシング (2015-09-10)
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毎日規則正しく生活し、決まった時間に決まった枚数だけ書き続ける。ということくらいしか明かしてくれなかった村上さんが、質問に答えまくったりこうして自分のことを公開するようになっている。何十年も謎な部分を保ち続けてきた人がようやく教えてくれることってすごく面白いなーと。大作家というのもあるけど、その語らなかった年月のおかげでこのエッセイのうまみが増してるとおもいます。

村上作品はノルウェイの森と海辺のカフカ2作のみ読んだことがあり、1Q84は序盤で挫折したのでファンじゃないんですけど、この本は読んでて面白かったです。

苦労して切り盛りしていたバーがようやく安定しはじめたころに、神宮球場の外野席で寝そべりながら試合を観ていて、外国人打者が二塁打を打ったときに「あ、小説書けるかも」という感覚が降りてきた話が特にすきです。エピファニーというらしい、その「いきなりそれが現れてきた!」という感覚、それに導かれて小説家・村上春樹が誕生した。私はそういう「降りてきた!」話が大好きなので、興味深いのです。

村上さんは以前から「うなぎ」のたとえ話を使うので納得できるわけですが、その自分がぜんぶ考えてるんじゃなくて「うなぎ的なもの」にヒントを得るとか、作家になりたいなと欲望しているんじゃなくて作家になれるんだという自覚が先に来たとか、そういう感覚がどういうものか知りたくてしかたがないんです。
僕が長い歳月にわたっていちばん大事にしてきたのは(そして今でもいちばん大事にしているのは)「自分は何かしらの特別な力によって、小説を書くチャンスを与えられたのだ」という率直な認識です。

とおっしゃっているように、自分の頭じゃないどこかで何かが決まって、それに謙虚に従うというやつ。狭い頭の中で完結させるよりとっても自由そうなので、その不思議な感覚を覗いてみたいんだよなあ。いつかくるかな。うなぎ。

もう一つ興味深いのは「一回書き上げたらめちゃくちゃ推敲する」ことですよね!村上さんの文章には独特のリズムがあって、すーっと読んでいけるものなんだけど、そのリズムをつくるのにありったけの時間をかけているのがとても意外です。リズミカルなものを書き上げるときは衝動というかスピードを大事にした方がいいのかなと思っていたけど、何度も何度も考えられて、緻密に作り上げられたリズムだったんですね。
本でも書かれていたけど、たしかにその作業をこなすには相当な「胆力」が必要そうです。必要に違いない。だって一度書いたものを読み返すって、私にはぜんぜん楽しい作業だと思えないんだもん。テストの見直し、苦痛だったもん…!

その「しつこい推敲」を読んで思い浮かべたのは中村佑介さんのイラスト講座です。

中村佑介 みんなのイラスト教室
中村佑介
飛鳥新社
売り上げランキング: 82
twitterで絵を描く中高生から求められるアドバイスをおしみなく提供しちゃう中村さん。この方の絵も好きではないんですが、あまりにも的確なアドバイスと丁寧すぎる接し方が勉強になるので、本ももちろんゲットです。
で、彼がよくいうのが「手をかけているか?」ということ。
素人は描きたいものだけを描いて満足することが多く、ほとんどの場合人のバストアップっで背景は1色とかデジタル処理に頼るみたいなかんじなのですが
ジブリの背景などを例にだして、「描き込んでみるだけで驚くほど説得力がでる」というのです。
面白みがないと思っている背景を描けるようになるとそこに「世界」が生まれる。細かいところまで描いてみるほどもっともっと世界が深くなる。 すぐに満足しないで、そこまで来てご覧なさい、話はそれからだ。みたいな。

背景が1色塗りつぶしだろうと魅力的なプロのイラストレーターさんもたくさんいるけど、あのシンプルネスは洗練であって、考え抜かれた線なんですよね。決して「浅い」わけではない。

私は下書きを清書するといつも下書きの勢いあるときのほうが良かった…なんてことになるんですが、それは浅い・深い以前に技術の問題であるので道は長いんですが(笑)、かきなぐるよりじっくり腰を据えて描くことに挑戦していこうと思います。でもな~ 思い立って勢いそのままに夜中3時間くらいで絵を描きあげるの気持ちいいんだよな~ まずは衝動の先を目指すところからですね。

2015/11/04

華麗なる誤読

喜嶋先生の静かな世界 The Silent World of Dr.Kishima (講談社文庫)
森 博嗣
講談社 (2013-10-16)
売り上げランキング: 99,737

本の後ろにあるあらすじを読み、少し中身をパラパラして購入。森博嗣さんの作品のなかでもとりけ評価が高い作品だそうですね。「自分で問いをみつけ、気が済むまで挑戦し続ける」という本当の学問の楽しみを追求することの魅力が存分に描かれているから、理系に多い森博嗣ファンさんのよだれがたれるのも頷けます。疲れ果ててベッドに倒れた夜を何度も過ごしても、「こんな辛い思いはやめたい」と思いながら思考を続けても、次の日には「今日はあれができる!」と勢いよく研究室へ行くこのかんじ。楽しそう。勉強楽しそう。科学というものは「実験してみて、きちんと結果としてあらわれる」ことが目に見えるから、なんだろう「うだうだ悩むよりやってみればいいじゃないか」という雰囲気があまりにも当たり前すぎて、うだうだの段階で止まることが得意な私みたいな人間がマッハで置き去りにされるんですよね。

そんな素敵な本だけど、最初に思ったのは「本の後ろにあるあらすじと違う!!」でした。
講談社文庫のあらすじはこんなかんじ

文字を読むことが不得意で、勉強が大嫌いだった僕。大学4年のとき卒論のために配属された喜嶋研究室での出会いが、僕のその後の人生を大きく変えていく…(以下略)
これを読んだときに「おっ!勉強を諦めた人が真の面白さにようやく目覚めるのか…!」と思い込んで、今まで好きな分野であっても深く極めてみようと思うけど「やりたいことではあるけど、めんどい」 という気持ちが先行し不真面目を極めた私にぴったりなはず!!!!と鼻息荒くしたわけですが、主人公は文字がはやくよめないという特徴があるものの、好きな電波の分野の難しい本を、小学生で「考えて考え抜けばわかる」とあっさり読めてしまっていて。

それ以降好きな分野は自分で勝手に授業とは異なる学びをどんどん進めていて、あまつさえ興味のない文系の勉強もまじめにやり、ちょう苦手な英語で書かれた論文も当たり前のように読むという、えっ、それで勉強が嫌いとかいってるの?本気で言ってるの?っていう感じで、話にならないわけです。

それもそのはず私の期待が方向違いなだけで、主人公の橋場くんが嫌いな勉強とは、「教科書に書いてあることを教師が読むだけの、テストのための、答えがすでに用意されている勉強」のことなのです。もう答えがすでに決まっていて、それを導くためにするのは勉強ではなく「労働」ではないか、と橋場君が考えています。そう考えると、確かにそういう単純労働に楽しみを見いだすのは大変そう。

というわけでこの本は勉強が大嫌いな僕ではなくて「大学までの労働的な勉強に絶望してうんざりな僕」なのです。

そんな橋場君が卒論研究で出会った院生・中村さんに出会って学問の面白さに目覚めるのだけど、そこでも「喜嶋先生に影響うけまくったノリで書いてるわりに、卒論終わるまで喜嶋先生でてこないやん…?!」と2度目の肩すかし。
その中村さんとは喜嶋先生のお弟子さんなので、彼が語ること・指導してくれることはすべて喜嶋先生の言葉や態度だ、ということなんだろうけど、先生が出てくる前に出てきた中村さんがあまりにも的確な指導を橋場君に施すので、後から出てきた喜嶋先生のすごみが伝わりにくいっていうか…いや、中村さんの方がすごくない?っていう…いくら喜嶋語録を伝授してるだけだとしても、面倒見良すぎるし、言うことがどんぴしゃすぎるし、中村さんすごいんだもん。

こんなかんじでスタートダッシュでつまづきまくったので、単純に「素敵な空間…感動した…!」といえない誤読(というか勘違い)野郎なのですが、研究者の凄みがひしひしと伝わってきて、圧倒されました。自分の専門の文献は全部あたってその上で「まだ解明されていない問いを見つけることから研究が始まる」とか。「学問には王道しかない」という言葉。科学の前ではどんなに偉い人でもみんな平等で、論文がでるたびに審査があって公平にジャッジされるという世界。

自分で問いを見つけ答えを探し続けることの過酷さに心身を壊したり自殺してしまうひとが結構な割合でいることや、定員割れを防ぐためレベルを下げざるを得ない大学院の状況など、大学の裏事情も事細かく書かれていて、おもしろいです。
その中で出世を拒みストイックに研究を続ける喜嶋先生。感情をはさむことを嫌って、言葉が文字通りの意味で伝わるように直接的にしか言わないスタイルは、不器用に見えるけど、言葉にたいして誠実なだけであるという。夢に、やりたいことにひたすらひたむきな先生と、しがらみに囲まれて軌道修正をして行かざるを得ない世間との対比が印象的です。

最後はなんでああなるのか…?あれがミステリだとしたら、私はこの本を読み返さないといけないですね!というか、肩すかし部分の期待を全部はずしてクリーンな心でもっかい読もうと思いました。

そんなこの本で心に残ったところ
研究というものが、大学の四年生までのいわゆる「勉強」とどう違うのか、と言えば、一番大きいのは、教えてくれる人がいないこと、覚えなければならないことがないっこと、つまり、外の情報を頭に入れる作業ではない、という点だろう。[略]頭の中に入れる行為というのは、食事と同じで、自分に対するインプットだ。入ってくるものが多すぎたり、同じものばかりだと飽きてしまう。眠くなってしまう。これは、躰がそんなものはもういらないと拒否しているからだ。授業でも眠くなってしまうのは生理的なものだからしかたがない。

中学から大学まで寝まくった私にはとても優しい文章です…。食事と排泄のバランスと同じで、詰め込むだけでは無茶であるという考えですね。眠くなるのはしかたないんだ!(正当化)



2015/10/31

「いざとなったら、いつも寝てます」

なるほどの対話
なるほどの対話
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河合 隼雄 吉本 ばなな
日本放送出版協会
売り上げランキング: 503,460
どの世界の人々も河合隼雄さんを好きなので、ちょこちょこ読んでみようと思い立って。
こんな素敵なおじいさんいたら、確かにきかれてもないのにいろいろしゃべりすぎてしまいそう…ばななさんはあとがきで「河合さんに頼りすぎないようにしようとがんばってた」みたいにおっしゃってましたが、それめちゃくちゃ至難の業ですね。

生きづらさを抱える人々に寄り添い続けた臨床心理士・河合先生にかかれば、昔の、そして今の私が抱えている悩みなんか特に「異常ではない」のだなあと思ってホッとしているというか。

まず吉本ばななさんが高校の3年間、毎日眠くて眠くて仕方なかったというところ。
ばななさんは高校だけですんだけど私は中学から大学まで、授業中ひたすら眠くて起きているのが本当に難しくて、よく寝ていました。そう、それは先生の研究室で少人数で行われる講義でさえ無理でした。(一見)温和な米文学専門の先生は「もしかしたらそういう病気かもしれないですね」とにこにこおっしゃってました。ナルコレプシーってやつか。

でも河合先生によればナルコレプシーと誤診される思春期の子が多いんだとか。三年寝太郎の話を持ち出して「三年寝たあとで頑張ったやつがいるんだから、何にも心配することはない」と(笑)。
ばななさんが眠り続けた理由を「外界で起こっていることと内界で起こっていることが違いすぎて、拒絶するよりほかなかったのではないか」と。

私はどうだっただろう。生きづらいことだけにひたすら不満をならべて勉学!とかいってられなかった気がします。本を読むことに慣れておけばよかったんだけど、あの頃はネットでサイトつくって絵を描きまくることが何より大事でしたので……。
救ってくれる人をひたすら待ってただけだった気がします。ふふふ。

そしてその話の締めくくりで「何か考えるよりも眠った方が賢い」と先生が言います。仕事で行き詰まったら眠れとかね。もう包容力がありすぎて涙が……。あの頃はたくさん眠る必要があったんでしょうね!よく寝た!


もひとつ心に残ったのは先生にかかる人たちの幸せは社会復帰だろうか?ということ。やはり働いてない=社会に貢献できてないという思いが強いみたい。それを先生は「社会病」といってただの流行りだととらえている。
何も、社会の役に立たんでもええわけですよ。もっと傑作なのは、ただ外に出て働いているだけなのに社会に貢献していると思っている人がいる。貢献なんてしてないですよね、金儲けに行ってるだけでしょ。「そんなん、別に」と僕は思っています。社会へ出て行くとか、だいたい社会というものが、あるのか、ないのか。それから、なんで貢献せないかんのとか。全部、不明でしょ、ほんとのところは。

私も社会病に取り憑かれた身だなと。今はお金が神様みたいだから、お金がないと自己実現ができないのでは、というのが当たり前だけど、それも流行りでしかないのかも…と固まった思考をすこし溶かしてくれるような言葉だなあと思います。優しいこと…

さいごに、河合先生が「自分で患者を治そう」とか「ああしてあげたら」とかいろいろ考えてしまうと、「自分が病気になるのではないか」と思うくらいぼろぼろになってしまうというお話が興味深かったです。だけど自分で治そう、という力みが抜けたらいいあんばいになる、という。そして遠藤周作に体調を気遣われていた河合先生(笑)。その加減、私も会得したいなーと思っています。個人の力でどうこうするんじゃなくて、ただの触媒みたいになるというか。

つくづく、人生ってちょっとの塩加減、みたいなものでおおきく変わるもんなんだなと思いました。
 

2015/10/27

どくどくしょ

残像に口紅を (中公文庫)
残像に口紅を (中公文庫)
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筒井 康隆
中央公論社
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世界から一文字ずつ消えていったらどうなるのか…?を最後の文字が残るまでやり尽くして見せた実験小説。筒井康隆のベッドシーンなんてはじめて読んだわ…と思ったらやっぱり珍しかったみたいです。筒井作品ぜんぜんよんでないんだけど。

主人公の小説家・佐治と評論家であり友人の津田が「時間がたつにつれて使える文字が減っていく虚構」のルール作りをして、その虚構を本人たちが生きてみるという形で物語がはじまります。
消えた文字を含む単語なり名称なりがきえてゆくということは、人間も同じということで、最初は消えた文字・言葉よりも消えていく人を失ったあとのむなしさが強い。タイトルは家族で一番最初に消えた娘の存在をぼんやりと思い浮かべたときのせりふから。にくい…このタイトルうますぎる…!

文字が残っているうちは失ったものへの悲しみだとかそういう情緒を語ることができるんだけど、どんどん表現が制限されていくとただひたすらしていることや目にうつるものの描写、擬音が続いていく。特にどんどん言葉を削っていくラストスパートの第三章はとりあえず言葉を連ねるみたいなかんじで、つながりがなかったり機械的すぎたりして読むのがしんどいのだけど、それはつまり言葉がなくなりすぎると、なくなったものたちのことを思ってあげるだけの表現が残ってなくて、すなわちそういう感情もでてこないという。
終盤のほうで「津田」に含まれる字がきえて、もちろん津田はそれ以降完全に姿を消すんだけども、「え、重要人物なのにあいつ消えたなーとかないのか…」と思ってしまった(笑) 消えた片方を思い出してあげるために使わなければいけない言葉も一緒に消えてしまうと、感覚として「なんかもやもやする」みたいなのがかすかにあったとしても、小説に出すことはできないんだなあと。

今ふつうに考えたり悩んだり思ったりしているのって、言葉がまずあるからなのかなあと思いました。しかしどんどん文字は消えていくのにスラスラと変わらず書き続けられる力量すごかった…終盤でいきなり主人公の自伝をはじめてしまうのも。余談だけど主人公の自伝かわいそうだった…何をしても親に「はん」と鼻であしらわれて終わりの少年時代……人のやる気をくじく態度をとるのは本当に簡単だから注意してしないように努力しようと思いました!

あと津田、人のセックスを笑うな!(笑)

花のベッドでひるねして
花のベッドでひるねして
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よしもと ばなな
毎日新聞社
売り上げランキング: 58,853
よしもとばななさんが一番好きとおっしゃる小説。海辺に捨てられていたところを拾われた過去をもちながらも、あったかい家族に囲まれてまっすぐすぎるほど育つ主人公。始終「ああ…私しあわせ…」と言ってばかりで、事件らしい事件もとくに刺激的というわけじゃなくて、ほのぼのしたまま終わる。
さっと読めばそういうものなんだけど、おじいちゃんが「引き寄せの法則」のような力を持っていて、おうちがスピリチュアル名所のイギリス・グラストンベリーのB&B(宿泊施設)と提携をしていることなど、舞台の小さな村では「異様な家」として浮いていて。幸せな主人公は、別の視点でみると「変な子」「捨て子」のようなマイナスな印象を持たれていることがぼかされて書かれています。

とてもよい家庭にもらわれたとはいえ、捨て子という時点ですでに卑屈になる理由はそろっているし、その良い家族だって内輪でよくとも、外から見られると「おかしい」わけです。でもそういうところに目を向けず、与えられたものにありがたみをかんじていること。
おじいちゃんが「いつもちがうことをしないようにしておくことが大事」といっていたけど、その「ちがわないこと」がそうなのかなあーと。

おじいちゃんのせりふはスピリチュアル満載でも、とてもよかったです。


2015/10/19

ビバ!私はメキシコの転校生 「幸福」をおしえてくれた自由学校 - 山崎まどか

映画・海外ドラマ・ファッション・文学・音楽などアメリカのヤングカルチャーを中心にいろんなジャンルのセンスのいいものを紹介してくれるライターさん。ミスiDの審査員もなさってます。
私的には「師匠の師匠」みたいなかんじのひとでして、図書館で検索してみたら幻のデビュー作がおいてあったので借りて読んでみたのです。
まどかさんが小学校低学年のときに移住したメキシコでの学校生活と日本に帰ってきてからの生活を書いたもの。書いたのはなんと15歳のときです。

メキシコというと先住民族の文化のイメージがつよく、モダンなおしゃれとは結びつきにくいかんじがします。でもまどかさんは幼いながらもメキシコの国旗の色鮮やかさや、「ピニャタ」というクリスマスのときにつくるおかしをつめた紙の工作へのこだわり、そして終業式のダンスパーティーで踊った際に着た民族衣装の細かい描写など、「きれいなもの」「センスのよいもの」を見極める力が養われていました。

さらにまどかさんが通っていたトラウィカ学園は、普通の学校ではなくて少人数制の自由学校。何よりもまずさきに毎日おやつをかばんに入れて持って行くという描写があって笑ったのですが、カリキュラムがなくって自分の好きな勉強を好きなだけやったり、遊びを通して生きることを覚えていくスタイルで、とにかく楽しくてしかたない!という気持ちが伝わりました。
残念ながら学校は財政難で閉鎖したようなのですが…そうよね…難しいのよねえ。
その中でこどもたちは<提案する> <批判する> <ほめる>を主に学んでいきます。どれも日本の教室で素直にやろうとすると難しいものばかり。とくに<批判する>は目的がうまく達成されずに悪口合戦になろうとします。
でもまどかさんは
<批判する>ということは、いじわるをいうことではけしてなくて、相手と自分がちがうと思うことをはっきり述べることです。だからそれは、自分とほかの人のあいだにあるちがいをかんがえながら、前以上によく理解しあい、なかよくなれるということです。信じあう心がとてもつよくなります。
と正しいやりかたできちんと学んでいる。私はまだこれが怖いです。目的はそうであるとわかっていても考え方に異論をとなえられると自分自身に異論があるのかと思ってしまって萎縮しちゃう。ほんとうの<批判>をとおしてわかり合えた、という成功体験を実感していないからでしょうなあ。

そこから2年ほどたってまどかさんは日本に帰国するのですが、帰国子女が学校になじめないというのはよくある話で、まどかさんもトラウィカ学園流ですごそうとしてさっそく違和感だらけになります。
学級の<反省会>という話し合いでも<批判>というより<他人の悪口のいいあい>になるという、おきまりのパターンからはじまります。メキシコにいたときのノリで発言しようものなら「ふざけている」といわれ、今まで持っていた価値観と真逆の環境で窮屈になっていく様子が…こういうの読むたび辛いです
同級生からのいじめはおろか上級生からリンチを受ける始末。
それでもまどかさんは彼女らを憎むことはせずに、「みんな抑圧された社会で悲鳴をあげている」のだと主張します。自分が受けた痛みだけに気をとられずに、相手の中にある気持ちをくみとろうとしているまどかさんの様子がとてもとてもまっすぐで強くて、すごいなあと思いました。
そうやって普通の子供より何倍も濃い毎日を過ごしてきたことをしって、今ご自分の好きなことについて書きまくれているまどかさんがいてよかったなと。

そして、私自身学校があんまり楽しめなかったので、あの場がもっと過ごしやすくなれるようになればなあと強く思います。ふぅ。

2015/09/20

乱れ読み

最近、某市立図書館と某県立図書館のカードをつくったので図書館愛用しています。
久々に乱読しているかんじ。図書館だと、「興味関心に10000%あてはまっていない本」が気軽に手に取れるので本当にありがたいです。ありがとうありがとう。

日本の身体
日本の身体
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内田 樹
新潮社
売り上げランキング: 48,721
すごく久しぶりに内田先生関連の本を読んだ…昔から伝わる和の芸術なり武術なりスポーツの道をきわめる方々との対談本。まとめているのは橋本真理さん。橋本さんのまとめかた、ほんと芸術的というか、内田先生が自分でまとめたみたいなかんじ。
全員から伝わるのは「道の探求をとても楽しんでいる」ということ。職業にするのだから当たり前かもしれないけど、そのことをやり続ける中で自分の課題を解決するためにいろいろ試してきたんだろうなあという、「どこまでも自発的な態度」がひしひしと伝わってきて、読んでいて活気がわいてくるようでした。
また、彼らが今面白がっていることが元々自分のテーマではなかった、みたいなところも面白いです。楽しそうに変化していく人ってとっても輝いているんですね。
ふてくされてるともったいないってしみじみ思います。
ほんとに。
私のことなんですけど。
というのも今まで「探求してみたら楽しそうな習い事」をいくつかやってきていて
そのどれもを「言われたからやる」というしかたで雑に扱っていたからで……
楽器なら11年続けたピアノ。1年間だけ在籍したマーチング部のクラリネット。
昔は水泳だってやったしそろばんだってさせてもらったなあ。

学校の勉強だって常に「言われて」やるもので、テストのために学んでいるようなものでした。
自分で言われたことの他にやる、という学習スタイルは、そのときなは「え、そこまで自分で動かないといけないものなの?」ってめんどくさいものとしてしかとらえていませんでした。

言われてやると当たり前だけど上達しないんですよね!だからいつまでも練習そのものが楽しくならないし。マーチング部は私が集団行動になじめなさすぎて1,2年の大部分から疎ましく思われて辞めざるを得なかったかんじなんですが
なじめないなりに楽器の楽しさを追求できればよかった。クラなんてなかなか吹く機会ないのにー!初心者は息が入りまくった音しか出ないから、息の吹き込み方を研究してきれいな音がだせるようになりたかったな。今思うと。でもあのときは毎日苦痛でしたね。

というかんじで過去の回想を大量にやってしまう本でした。皆さんホントに背筋が通った方ばかりで素晴らしくて…専門にしていることの歴史背景を問われたときのすらすら答えている様がかっこよくて…!歴史から続く道があって、その先に自分がいる、という認識をしているんだなあと思いました。そして皆さん全体的にとても「しなやか」。良いお話をたくさん読めてよかったです。


原発と祈り 価値観再生道場 (ダ・ヴィンチブックス)
内田樹×名越康文×橋口いくよ
メディアファクトリー
売り上げランキング: 499,197
橋口いくよさん、スピリチュアル系女性の典型…?と不安になったけど、自分が信じていることを素直に「信じている」と言えるところが良いなあと思います。内田先生・名越先生としゃべるときにいかに素直でいられるかって結構難しいのではないかと。ついうっかり知ったかぶりしてしまいそうです。そして見透かされてしまいそう(笑)
一番おおお、と思ったところは「病の転化」についての話題。
「病」それじたいは人間が成長していく過程でかならず持ってしまうもので、それが同じ位置に居続けて凝り固まって「病気」として現れてくる。うまく転がしていけば「芸術的才能」に昇華する。
病気が治っても病が消えたわけじゃなくて、また別の場所へ転がり始めただけ。そしてまた別のなにかに変化するということ。

最近読む本はどれも「執着しすぎるな」ということを繰り返し叫んでいる気がします。鬱屈気味になるときも、頭痛が出てくるときも、なにかが淀んでいる気がしますものね。気でも病でもなんでも、停滞しないように流れをつくるのが大事なんだと思います。流れをクリアにする方法が、ここでは「祈り」となっていて、ヨガや仏教だと「瞑想」「呼吸法」になるのかなあと。

「病」それじたいは良くも悪くもないもので、変化に応じて良くなったり悪くなったりする、そのバランスを良くすることに気をつける。 というのを覚えておこうと思います!


頭をよくする私の方法―人の何倍も「頭」と「心」をつかいこなす秘訣
竹内 均
三笠書房
売り上げランキング: 292,337
さきにアイデアのつくり方を読んだら解説がこの方で、「方法論読むのも良いけど、きみたち実際にやりなよ?」というごもっともすぎる一言が気持ちよくて、図書館の書庫から引っ張りだしてきてもらいました。87年に出た本。
1.自分の好きなことをやり、2.それで飯が食え、3.それが他人から高く評価されることを「自己実現」とした著者がいかにやりたいことをやりまくる工夫をしてきたか、が詰まっています。
まだまだパソコンもご家庭に1台になるまえの、というかワープロが350万円した時代のライフハック本なので、方法がとっても力業!!PC1台で何でもできる現代人とは比べものにならない胆力、ダイナミックなエネルギーに惹かれました。かっこいい。

一番かっこいいのは「エンサイクロペディア・ブリタニカ」(1セット30巻くらいで30万だっけ?)を各職場・自宅に述べ5セットおいているところ。多くのご家庭では応接室に見栄的な目的で飾られていたであろう百科事典で先生は何でも調べ、仕事をした。知的権威の最高峰が百科事典だったころを私は知らないのですが、それを実際に使い込む姿はさぞかしかっこよかったんだろうなあと想像してしまいます。それも5セットて。約150万円。漢ですね。

膨大な量の仕事をしながら何百冊という本を書き、さらにはニュートン誌に毎月連載を書いていた先生の仕事術は「大変なことは分割し細切れにして、少しずつこなしていく」というもの。
15分間を最小のまとまりとしてそれで1つの「仕事の断片」をつくってしまう。その15分間は仕事全体のことを考えるのではなくて、こなすべき断片についてしっかり集中して取り組むこと。それを繰り返せばいつのまにか大きな仕事ができてしまっている、というわけです。
まさしくちりも積もれば…というやつ。さすが「やり方ばっかり学んでないでさっさとやらんかい」と叱咤するだけあります。目指すものがおおきい夢だとして、その大きさにひるむ暇があれば小さなことからとにかくやりなさいと。

予備校の学長などもなさっていたそうで、「やりたいことがわからない」という相談を受けることが多かったんでしょう。夢の見つけ方、やりたいことを仕事にする方法にも触れています。
自分のやりたいこと、テーマを見つける方法は
・仕事が遊びと一体化するまで仕事に打ち込む。
「人生における目標」という大きなものなんていきなり見つかるわけじゃないから、働き方を変えてみる、というわけです。これも「目標を見つける」という大きな仕事を小さな断片にわけて考えていますね。
・会社のためになり、かつ一生懸命にやってしまうくらい自分の趣味に適う仕事を選び出す。
総労働時間の中でやりたくないにも関わらずやらなくてはならない仕事をする時間を先生は「知的エンゲル係数」と名付けていて、それを極力少なくできる仕事をしなさいと。
えっ、そんなのあるんすか~と言いたくなるけど、曰く
探しものをするとき、「必ずある」と思って探すと見つかる。しかし「ここにはないよ」と思って探すと、案外見つからないものである。
「必ずある。ないはずがない」という信念を持って、自分の仕事を探してみることが大事である。
だそうで、反論の余地をあたえない力強さがここにも!
私も読んでしまったからには何かしないと頭をたたかれそうなので、ブログに感想をかいています。仕事も能動的に元気にしないともったいないですね。今や先生がうらやむデバイスたくさんあるもんね。時間を無駄にしないようにがんばろう私。


2015/09/16

身体改造計画

肩こり、腰痛。デスクワークオンリーな仕事のため目の疲れから頻繁に頭痛を起こす。職場は極寒なので冷え性もひどくなっているし、特に頭痛は一度おこってしまったら3日間続くことも。というのが私の現状です。まさに現代人そのものですね!!

肩もみをたまにやってもらうと、右側はどんなに強く押しても感覚がありません。左利きだけど右側が特に凝るらしくて、腰も右側が張ってて鈍い痛みがなくなったことはない。

このままじゃ肩の凝りすぎが原因で死んじゃう…
と思ってやっつけの運動などしてみても、ポリシーのない運動って「やっても意味あるのかな?」ってかんじで、いまいち乗り気にならないので三日坊主になってしまう。

でも、いろいろな本を読むと体がかたいと性格も暗くなるとかいてあるので、この辺でいっちょ真剣に身体改造計画を実行しないと、私の未来は真っ暗必至!というわけで、気になる体操や整体などを読みあさってみて、自分にあった「体のととのえかた」を固めようと決意したのでした。

取り入れたいなあと思っているのは

  • 若足リフレクソロジー(足もみ)
  • 野口整体
  • 片山洋二郎さんの「身がまま整体」
  • ロルフィング
  • 瞑想
  • ヨガ
  • 骨ストレッチ

この辺です。これらの方法はお互いに重なる部分もあったり、影響を受けていたりして、カテゴリとしてはどれも近いはず。
どの方法も身体本来の力や元気を呼び起こしてくれるようなものばかりです。無理に伸ばしたり鍛えたりするのではなくて、身体が動きたい方に動かすことをサポートする、というやり方がとてもすき。身体を信頼するっていうことですね。

普段は頭でなんでも考えてしまいがちな私は、本当にすぐに落ち込みやすく、悩みをぐるぐるまわしておくのが得意で(笑)、自己嫌悪と仲良しなのですが、もしかしたらそれの根本的な解決法って実はなくって、「考えてもしょうがないんじゃーい」って放り投げて、身体の言うことを聴いた方が良いんじゃないかなって思えるようになってきたんです。
機嫌が悪くなったら、自分のせいって思うんじゃなくて「身体のどこかが固まってるかも」と考えてみる。とりあえずいったん身体に判断を委ねるという回路をきちんとつくってあげたら、楽になるらしいんですね。

ヨガなどに精通されたかたは、精神的に調子が悪くても身体がぐいぐい引っ張ってくれる感じがするそうです。わーーーーめちゃくちゃそれ感じたい!いつもねちこい根暗思考の犠牲になってる我が身体に、自由と決定権を与えてあげたい!

そうなるようにシフトしてゆけば、ものの見方から何から変わってくると思うんですよね。幸か不幸か今の身体と精神ってなかなかひどい感じだと思うので、実験体として、客観的にモニタリングしてゆきたいと思います。

今まで読んだ本は

スピリチュアルに偏りすぎないよう配慮がなされた瞑想入門本。何の抵抗もなく読めました。瞑想し日々の考えごとをクリアにしてみると、集中力や理解力など、様々な働きが向上する。
また、日頃「頭」が自分自身であると思い込みがちだけど、頭はそのほかの身体の機能と同じ、自分の中の一部にすぎないということに気づくことが大事。
普段なかなか引き出せない、「頭」以外の身体機能を活性化させるために瞑想はうってつけです。
完全な無にはまだなれないけど、何度か意識が「一段深く潜る」感覚を味わえていて、そのときは深い呼吸が無理なく続けられて、ふわっと軽くなるかんじがして、15分目をつむって座っておくという行為が苦痛じゃなくなります。すっごく楽しい。


骨盤にきく―気持ちよく眠り、集中力を高める整体入門 (文春文庫)
片山 洋次郎
文藝春秋
売り上げランキング: 16,620
えっこれは整体なの…?と思うくらいほとんど何もしない整体法。
なんでもすべての不調の原因は「きちんと睡眠がとれていない」ことにあるそうで、睡眠の質をあげるためには「骨盤に弾力があること」が大事で、それにより「深い呼吸」ができるようにするんだそう。寝ている間に深い呼吸によって身体全体をほぐしていく力が人間にはあるそうで、痛みのある患部に何かするより、「自分でどうにかする力」そのものをあげていくほうが元気になれるんだそう。
確かに。
寝る前や起きた時にとっても簡単な骨盤をゆるめる動きをやっていますが、重たい生理が少し軽くなったような感じがありました。これを読むと身体は全体が響き合っているんだなあとしみじみ思います。良い本。


整体入門 (ちくま文庫)
整体入門 (ちくま文庫)
posted with amazlet at 15.09.16
野口 晴哉
筑摩書房
売り上げランキング: 10,466
初版は1968年らしい。昔の文体の柔らかさが愛おしい!人間は身体のくせによって考え方や身体の動きが異なる「体癖」という考えをつくったひと。寝相でもそれがわかるらしい。私は頭で考えまくる1種とサブが8種というところかな?とにかく頭でっかちというのが、体癖論でもバレバレでした。
病気になったときもそれが悪いことではなくて、不調を身体が治そうとしていることだとしてとらえています。あわてて病気のもとを消すんではなくて、「なぜこのようになったのか」と考えてみるのも、身体の声を聴くいいチャンスなんでしょうね。
セックスや出産など、身体的なイベントはよくやれば身体にとても良い影響を及ぼすものとして、真剣に「よくする方法」を論じてくれてて胸きゅんでした。ちょっと子供産みたくなった(笑)


初版は1979年!ガンジーにまで教えを受けたという、ヨガを日本に広めた第一人者だそうです。こちらも昔の文体が心地よい。うふふ。ヨガとは呼吸法や難しい身体の動きだけを指すのではなく、そういうものを駆使して他人と、自然と、宇宙とつながりあるがままに生きてゆく道を模索してゆくことだそうで、頭で理解するものではなくて感じていくしかないのだと。道具を使うときも、道具が「どう使って欲しいか」を考えながらしてみる、みたいに、相手がまずあって、その相手と自分が「うまくつながれているか」を常にモニタリングすることが大事なんだそう。
心の平安を得るため運命をそのまま受け取り、苦しみも「縁」ととらえて全肯定してゆくこと。それを得るためには正しい姿勢が必要であり、ヨガのポーズはそのためにあるのだと。

挿絵が思いっきりスピリチュアルでなんか面白かったです!ブリッジするポーズほんとうに気持ちよかった。淀みがどこかに生じないように身体を柔軟にしておくという考え、本当にいいなーと思います。身も心も柔軟になりたい。


今読んでるのはこの辺です。
ロルフィングについても本をゲットしたので次の機会にも。あー楽しい。

2015/08/06


カウニステのデザイン 北欧テキスタイルブランドの新しいかたち

カウニステのこと知らなかったのですが、日本人がフィンランドの友人とともに立ち上げたテキスタイルブランドだそうです。ちょうモダン!というかんじではなくて、素朴で有機的ってかんじのデザインがたくさん。朗らかです。色味は北欧テキスタイルらしくカラフルですが、マリメッコのように鮮やかさ100ではなくて、抑え気味に統一されていて、生活にすぐに馴染んでいきそう。

この本での見どころはなんといってもデザイナーたちの仕事の内容が丁寧に紹介されていること。創立者のお二方も口をそろえて「デザイナーのインスピレーションを何より大事にしている」とおっしゃっていたし、デザイナーの力を最大限に引き出そうとしている姿勢だからこその構成なのかな。

デザイナー紹介コーナーでは、ひとりひとりの仕事環境がみられるし、制作過程も見ることができます。それだけじゃなくてアイデアの出し方とか、気分転換の仕方とかきちんと聞き取ってるところが「デザインすること」に興味がある私にとってかなり役に立ったり。

ブランドに所属するのではなくフリーランスで働く彼らのスタイルはそれぞれで偏っていて、中には締切をよく過ぎてしまって平謝りしてしまう人もいました。なかなかアイデアが湧いてこないときや、うまくいかないときでも、そこから逃げたりせずにそのもやもやととことん向き合うのだとか。

中にはアイデアに困ったときなんて無い!と豪語するかっこいい方もいました。matti pikkujämsäさんといって、フィンランドでは有名なイラストレーターさんだそうです。デザインはこの人のがいちばん好き!カフェでさらっと描いたスケッチもすごく素敵。
彼曰く
「自然体のポジティブな心で世界を見つめていれば、ベッドで眠りにつく瞬間までどこからでもひらめきは生まれるんだ」
だそうです。アイデアをひねりだそうとしているときの私の状況を思い浮かべていると、とにかく不安で焦ってしょうがないイメージ。血眼でいろんなフライヤーを画像検索して、どうしようどうしようって言ってる気がします。それとは真逆ですね!!!!資料を集めることじたいはいいんだろうけど、負の感情が支配しているので、思考にブレーキをかけている状態かもしれない。

あとアートスクールで習うというアナログのシームレスパターンの作り方、とても参考になりました。


カウニステのアイテムの中でいちばんトレーがほしい。もしくは自分であんなのつくりたい。