2015/11/05

深く潜ることとそのために必要な胆力

職業としての小説家 (Switch library)
村上春樹
スイッチパブリッシング (2015-09-10)
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毎日規則正しく生活し、決まった時間に決まった枚数だけ書き続ける。ということくらいしか明かしてくれなかった村上さんが、質問に答えまくったりこうして自分のことを公開するようになっている。何十年も謎な部分を保ち続けてきた人がようやく教えてくれることってすごく面白いなーと。大作家というのもあるけど、その語らなかった年月のおかげでこのエッセイのうまみが増してるとおもいます。

村上作品はノルウェイの森と海辺のカフカ2作のみ読んだことがあり、1Q84は序盤で挫折したのでファンじゃないんですけど、この本は読んでて面白かったです。

苦労して切り盛りしていたバーがようやく安定しはじめたころに、神宮球場の外野席で寝そべりながら試合を観ていて、外国人打者が二塁打を打ったときに「あ、小説書けるかも」という感覚が降りてきた話が特にすきです。エピファニーというらしい、その「いきなりそれが現れてきた!」という感覚、それに導かれて小説家・村上春樹が誕生した。私はそういう「降りてきた!」話が大好きなので、興味深いのです。

村上さんは以前から「うなぎ」のたとえ話を使うので納得できるわけですが、その自分がぜんぶ考えてるんじゃなくて「うなぎ的なもの」にヒントを得るとか、作家になりたいなと欲望しているんじゃなくて作家になれるんだという自覚が先に来たとか、そういう感覚がどういうものか知りたくてしかたがないんです。
僕が長い歳月にわたっていちばん大事にしてきたのは(そして今でもいちばん大事にしているのは)「自分は何かしらの特別な力によって、小説を書くチャンスを与えられたのだ」という率直な認識です。

とおっしゃっているように、自分の頭じゃないどこかで何かが決まって、それに謙虚に従うというやつ。狭い頭の中で完結させるよりとっても自由そうなので、その不思議な感覚を覗いてみたいんだよなあ。いつかくるかな。うなぎ。

もう一つ興味深いのは「一回書き上げたらめちゃくちゃ推敲する」ことですよね!村上さんの文章には独特のリズムがあって、すーっと読んでいけるものなんだけど、そのリズムをつくるのにありったけの時間をかけているのがとても意外です。リズミカルなものを書き上げるときは衝動というかスピードを大事にした方がいいのかなと思っていたけど、何度も何度も考えられて、緻密に作り上げられたリズムだったんですね。
本でも書かれていたけど、たしかにその作業をこなすには相当な「胆力」が必要そうです。必要に違いない。だって一度書いたものを読み返すって、私にはぜんぜん楽しい作業だと思えないんだもん。テストの見直し、苦痛だったもん…!

その「しつこい推敲」を読んで思い浮かべたのは中村佑介さんのイラスト講座です。

中村佑介 みんなのイラスト教室
中村佑介
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twitterで絵を描く中高生から求められるアドバイスをおしみなく提供しちゃう中村さん。この方の絵も好きではないんですが、あまりにも的確なアドバイスと丁寧すぎる接し方が勉強になるので、本ももちろんゲットです。
で、彼がよくいうのが「手をかけているか?」ということ。
素人は描きたいものだけを描いて満足することが多く、ほとんどの場合人のバストアップっで背景は1色とかデジタル処理に頼るみたいなかんじなのですが
ジブリの背景などを例にだして、「描き込んでみるだけで驚くほど説得力がでる」というのです。
面白みがないと思っている背景を描けるようになるとそこに「世界」が生まれる。細かいところまで描いてみるほどもっともっと世界が深くなる。 すぐに満足しないで、そこまで来てご覧なさい、話はそれからだ。みたいな。

背景が1色塗りつぶしだろうと魅力的なプロのイラストレーターさんもたくさんいるけど、あのシンプルネスは洗練であって、考え抜かれた線なんですよね。決して「浅い」わけではない。

私は下書きを清書するといつも下書きの勢いあるときのほうが良かった…なんてことになるんですが、それは浅い・深い以前に技術の問題であるので道は長いんですが(笑)、かきなぐるよりじっくり腰を据えて描くことに挑戦していこうと思います。でもな~ 思い立って勢いそのままに夜中3時間くらいで絵を描きあげるの気持ちいいんだよな~ まずは衝動の先を目指すところからですね。

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