2010/08/08

耳を傾けるべきもの

「沈黙博物館」小川洋子

小説を読むのをご無沙汰にしていたところ、傑作であるとの報をうけ、読んでみたのがこの作品。
小川洋子は例の「博士の愛した数式」だけを読んで、「ほんわかする文章をかく、優しそうないかにも女性の作家というかんじ」の印象を持っただけで終わってしまっていたのですが、ええ、反省しております。「沈黙博物館」は久しぶりに物語の良さをじんわりと感じ取ることが出来た、とても素晴らしい作品でした。泣けたとか感動したとかいう類とはちょっと違った、ただただ「凄いなあ」と思うことができたというか。

物語は博物館技師が老婆に雇われてとある村にやってくるところから始まります。老婆と少女だけが住んでいる大きな屋敷には、老婆が若い頃からためてきた、死んでいった人々の形見が保管されていて、依頼はそれらを展示するための博物館をつくれ、というもの。さらには技師自身が新たな形見の収集にかり出されます。その中で奇怪な殺人事件がおこって、技師は警察から疑われ始め……

と進んでいくのですが、とにかく読みやすい。それは簡潔に書かれているから、というわけではなくて、登場人物の人間くさい感情があまり露わに鳴らないからかも知れません。例えばこの作品には恋愛ごとの要素はほとんどあらわれません。技師が少女を観察する目や、少女が沈黙の伝道師見習いの少年に抱く好奇心、それに気づく技師……とほんのり色づく感情はあちこちに散らばっているのですが、それがより深く発展することがない。沈黙の伝道師が沈黙に潜ってしまったら、それを受け止めるだけ。登場人物の目的はあくまでも「沈黙博物館」を完成させることなのです。関係を深めず、取り憑かれたように自分の役割を黙々とこなしていく姿は少し不気味ですが、その不気味さがすごく美しい。

そういえば映画っぽさというのも強く感じました。主人公の技師がいろんな場面を想像する描写がいくつかあるのですが、その描写がどれも細部まできっちりとかかれていて、想像自体が別のエピソードとして独立しているような感じで。
そして絵になる綺麗な場面がたくさんあるんですよね。私が好きなのは技師が雪降る寒い中で電車を待ち続けるところと、夜ひっそりとコレクションに母と兄の形見を加えるところ、そして見習いを卒業して沈黙の伝道師となった少年に秘密を打ち明けるところです。

死者を忘れないための行為を人が何よりも大切にするのはなぜだろうといつも思っています。内田樹先生はたしか、「死者を弔う」ことができるのは人間だけだみたいなことを言っていたような。それが人間らしさの根源であるのはなぜなのか。どうして忘れることが恐ろしいんだろう。今を生きていることだって大事なのに。というようなことを考えつつ読みました。
久しぶりに感想たくさんかけるくらい良い本でしたー!!図書館にもあったけど購入してよかった。読み返したいです。

余談ですが技師さんを途中からキリアン・マーフィーで脳内再生して読んだら、本当にぴったりでした。インセプションを最近観たからだと思うんだけど、それにしてもぴったりだった。小川さんの「女流作家らしくない」書き方や、匿名性のある舞台設定にしたのが良いんだとおもう。というわけでイギリスあたりで映画化してくれないかねえ☆

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