お出かけついでに母親の車の点検にいったとき、漫画置き場にシャーマンキングの10巻がおいてあって、懐かしさに胸をときめかせて読んでみたのが始まりでした。絵がかわいい。麻倉葉くんかわいい。10年くらい存在を忘れていた漫画でしたが、だいたい覚えていました(笑) そのあとまとめてレンタルしにいったのはいうまでもありません。
ていうか私結末みてなかったんですよ!
完全版のほうの結末をチェックいたしたよ。連載は打ち切りになっていたそうですねえ。それより前に我が家ではジャンプを読む習慣がすたれてしまって、最後まで読めていなかったのです。
で読んだら絵を描くしかなかったので描いたわけです。
シャーマンキングは少年漫画の王道ストーリーで、お話はそんなに面白いものではないんですが、私的には主人公の葉くんがゆるふわなのがだいすきでした。あと「主人公とそのライバル」の関係に周りが巻き込まれていく感じ……!これこそ王道ですよね!脇役キャラでBLを考える女の子もいるようですが(笑)私にとってこの漫画は葉くんとハオの織りなす主軸に目を向けるべきだと思っています。だってねえ!かわいいんだもん絵が(しつこい)!
という想いを込めた構図になっております。。
しかし久し振りに版権をじっくり検索してみたんですが、やっぱり私にとって異世界でした。
BGMがアニソンという日が私にもくるんだろうか。
知ってるアニソンはポケモンゲットだぜ!とかセーラームーンでとまってます。ほんわかぱっぱほんわかぱっぱ ドラえもんーとか……キミョウキテレツマカフシギ!
2010/09/22
2010/09/17
バルサーパナシナイコス & パレルモープラハ
久し振りにらくがきレオメッシ。CL終わったあとすぐイギリスのロンドンに旅立ち、なぜかadidasのヘリにのって到着、スパイクを買ってくれたひとにサイン大会してたようです。いつも思うんだけど、スパイクみたいなちゃんと使うものにサインって、いいの?はけないじゃん。コレクション決定じゃん。まあいいのか、メッシだし?
パーカのピンクがadidasっぽさ満開でちょうかわいいのだ。欲しいなー3000円くらいで。
というわけでCLとELがはじまりましたね。
いつもはELのことあんまり気にならないんだけど、今シーズンはパレルモもヘタフェもリバプールも(…涙)参加しているのでぼちぼちチェックしたいです。まあ、ELもCLも寝てて見てないけどね。
Barcelona 5-1 Panathinaikos
ああーなるほど~!panaはスペイン語でいうところの「para」か。繋がった。インドヨーロッパ語族便利だの。
ハイライト確認してみたら、パナシナイコスさんのGKがロングキック→シセ繋ぐ→ゴヴのゴールと「バルサから点取るためにはこれしかない」戦法で先制されてて笑いました。お約束すぎるだろ~
もしかしなくてもバルサでいちばん暇なのはGKのバルデスですが、ボールがきたときも大変です。なぜなら超省略法によってボールはいつも突然あらわれ、かつ仕事をするときはだいたい止めようがない状況だから。
この日もパナシナイコスのシュートは、得点した1本だけでした。ああーお疲れ。
時々バルサのポジションでどこをやりたいかを考えるときがあるんですが、「一番楽なのは…」と思って探すんだけどバルサってみんな忙しいんですよね。パスサッカーだからみんなで繋いでかなきゃいけないし。なので一番「さぼってよし」ポジションって結局のところメッシということになる。攻撃しないとき画面のはしっこで適度にさぼってますでしょう。同じFWでもペドロは守備範囲も広く自陣のペナルティエリア付近までよく戻ってますが、メッシはしませんもの。
でも働くときは人一倍働かないと怒られるので、結論としてバルサに楽なポジションは皆無ということになります。
当たり前か……
で、メッシさん無双だったかと思えばPKを失敗したこの試合。ハイライトみる限りではビジャ優しいなあというのが印象に残りました。スペイン代表とカンテラだらけになっていくバルサに疑問の声もたくさんあがっており、私もズラタン出してビジャ入れるってどうなのよと思っていたのですが、ビジャの性格のほうがフィットするのは間違いないんですよね~
まあ楽しければなんでもいいのでビジャさんこれからも優しくね
SPARTA PRAGA 3-2 PALERMO
また負けてる!
チェコ寒いんですかね、移動してるパストーレがニット帽だったよ
ちょうかわいいなおい…
そんなたいそうなヘッドフォンで一体何を聴いてるんでしょう。
ハイライトすらみてないから何も書けないけど、次あたるチームの名前がYoung Boysという脱力系なので、ぜひ見てみようと思いますね。
でもユベントスって「青春」て意味なのでしょう、そっちの方が痛いですよね!
パーカのピンクがadidasっぽさ満開でちょうかわいいのだ。欲しいなー3000円くらいで。
というわけでCLとELがはじまりましたね。
いつもはELのことあんまり気にならないんだけど、今シーズンはパレルモもヘタフェもリバプールも(…涙)参加しているのでぼちぼちチェックしたいです。まあ、ELもCLも寝てて見てないけどね。
Barcelona 5-1 Panathinaikos
意味は「全てのアテネ人のために」、panas athinaikosが語源となっている。
パナシナイコス-wikipedia
ああーなるほど~!panaはスペイン語でいうところの「para」か。繋がった。インドヨーロッパ語族便利だの。
ハイライト確認してみたら、パナシナイコスさんのGKがロングキック→シセ繋ぐ→ゴヴのゴールと「バルサから点取るためにはこれしかない」戦法で先制されてて笑いました。お約束すぎるだろ~
もしかしなくてもバルサでいちばん暇なのはGKのバルデスですが、ボールがきたときも大変です。なぜなら超省略法によってボールはいつも突然あらわれ、かつ仕事をするときはだいたい止めようがない状況だから。
この日もパナシナイコスのシュートは、得点した1本だけでした。ああーお疲れ。
時々バルサのポジションでどこをやりたいかを考えるときがあるんですが、「一番楽なのは…」と思って探すんだけどバルサってみんな忙しいんですよね。パスサッカーだからみんなで繋いでかなきゃいけないし。なので一番「さぼってよし」ポジションって結局のところメッシということになる。攻撃しないとき画面のはしっこで適度にさぼってますでしょう。同じFWでもペドロは守備範囲も広く自陣のペナルティエリア付近までよく戻ってますが、メッシはしませんもの。
でも働くときは人一倍働かないと怒られるので、結論としてバルサに楽なポジションは皆無ということになります。
当たり前か……
で、メッシさん無双だったかと思えばPKを失敗したこの試合。ハイライトみる限りではビジャ優しいなあというのが印象に残りました。スペイン代表とカンテラだらけになっていくバルサに疑問の声もたくさんあがっており、私もズラタン出してビジャ入れるってどうなのよと思っていたのですが、ビジャの性格のほうがフィットするのは間違いないんですよね~
まあ楽しければなんでもいいのでビジャさんこれからも優しくね
SPARTA PRAGA 3-2 PALERMO
また負けてる!
チェコ寒いんですかね、移動してるパストーレがニット帽だったよ
ちょうかわいいなおい…
そんなたいそうなヘッドフォンで一体何を聴いてるんでしょう。
ハイライトすらみてないから何も書けないけど、次あたるチームの名前がYoung Boysという脱力系なので、ぜひ見てみようと思いますね。
でもユベントスって「青春」て意味なのでしょう、そっちの方が痛いですよね!
2010/09/13
今日のパストーレ(vsブルシア)
BRESCIA 3-2 PALERMO
というわけで新コーナー、「今日のパストーレ」です。バルサが負けたからって愛想を尽かしたんじゃないのかと思われてもしょうがないですか。バルサが負けたのは運もあるしああだこうだいってもどうしようもないです。それより、初めてパレルモの試合を見たことの興奮のほうが上回ったので記事をかくわけです。
W杯直前に彗星のごとく突如代表入りを果たした「アルヘン版カカー(本人はアイマールになりたいらしいけど)」のパストーレ。それまでまったく知らないひとだったので今シーズンからチェックしようと思ったのであります。私のW杯中のブログを見るとお気に入り度がすぐばれてしまいます。
彼の所属するパレルモというチームは、チームカラーがピンク。ちょうかわいいのです。
しかしこの日のパレルモはアウェイだったので黒が基調。それでもピンクをアクセントにしたデザインはやはり目に優しい。
ていうか審判がショッキングピンクだったよ!なんでそんな色着てるのってつっこんでしまってすみません。
試合は残念ながら負けてしまったのですが、初めて見たパレルモのプレーに大変満足であります。
なんといってもパストーレの存在感が凄まじい。
このチームは平均年齢が24歳くらいと若いので、まだ21歳のパストーレもがんがん主導権を握れるのです。
それにしてもいろんなところで出てきすぎだろ!
と思うくらいに凄かった。パスが集まるしゴール前にいつも顔出すしで、頼りにされてるのも伸び伸びやってるのもよくわかりました。
正直いってパレルモの試合見てたら、代表での扱われ方に不満抱きすぎて見られなくなるかもしれません。
まあ代表だと実績で上をいく凄い人達がたくさんいるから仕方ないんですけどね。
パレルモはパストーレ以外誰も知らないという状況なのですが(昨シーズンまでデンマークのケアーがいたそうですが、ヴォルフスブルクに移籍してる。。)客観的に見ても一番印象に残るのはパストーレでした。マカロニみたいな名前のハゲてるひとも面白かったけど。
全体的に荒削りな感じがして、アウェイのくせに攻めまくりで個人的には好きです。
お前らちょっと落ち着け!っておもう場面もいっぱいありましたけどねw
ああ、そうそうムニョスってDFの子がなんか可愛かったので気になってたんですが、調べたら案の定アルヘン出身でした。この嗅覚どうにかならないか……アルヘンっ子を探し出す才能に定評がある私です。やれやれ。
次の試合はELはさんでインテルか。ホームなのでどこまでやれるかすごく楽しみ~
2010/09/12
ひきうける。
最近好きな大学教授のついったをバカ読みしてます。なにせたくさんつぶやくものだから追いつくので精一杯。んで茂木健一郎さんがご自分のアイコンを「より鮮明でない」ものに変えた記念にフォローしてみたら、就職活動についてやんやいっていました。
茂木さんみたいな有名人が周りに与える影響力の大きさは無視できません。それはtwitterだとより明らかになるようで、彼が勇んで連続postをやろうものなら、すぐに同じ方向を向く人々があらわれます。その教授もそれに呼応するかたちで、就職、はては若者についての考えを連ねています。
というのも、就職難はこれからますます酷くなる一方だという報道が相次いでいるからです。大手の日本企業はもはや日本人ではなく、アジアの「より優秀な」学生を求めています。
その背景にはもちろん「賢くない」日本の学生たちがひしめいているということになります。マーケットの拡大、よりよい人材の確保、どちらも満たすには外国人を採用する方が効率的。その気持ちはわからんでもない。
では我々日本の若者はどうしていったらいいのでしょう。
八方塞がりとも言える状況なだけに、難しいですが一刻も早く解決が求められます。
そんなときにこういう書き方をされるのはすごく心外。
日本の学生の就職「超」氷河期は永久に続く - 藤沢数希
ここに述べられていることは事実です。世間の人も、そして若者自身も「日本の学生はやる気がない」傾向にあると少なからず思っている。
でも。そこで「そもそも日本の学生に魅力がないのだ」と言い放ってしまえるというのは、すごく大変なことだと思うのです。一見ただの事実確認のように思えますが、そこからは深い断絶が読み取れます。「こんな状況だけど、君たちどうするの?」という部外者からの意見のように思える。つまり「俺たちが若い頃より今時の学生は総じてバカ」と言っているようなものです。
なぜそこにモヤモヤしてしまうのか、と思っていたときに、ちょうど読んでいた内田樹の「寝ながら学べる構造主義」で、レヴィ=ストロースの主張に回答を見つけました。
……やっぱり引用だけ抜き出すと分かりづらくなりますね。私が理解したように読み解くと、世界中どこにでも通用する「正しさ」の概念があって、それは全ての人々に等しく通用する、と言うような考え方は、「自分の価値観をごり押ししているに過ぎない」ということです。人々を取り巻く環境は地域によって違うし、時代によっても違います。だからその都度「常識」や「正解」も変わっていく。昔常識だったものが今後ずっと常識である可能性はきわめて低い。
こういう感じでいいのかなレヴィ=ストロース先生?
ということを踏まえますと、今大人が若者の状況を「学生に魅力がないからいけないんだ」ということは、自分たちの若い頃と今の学生を、取り巻く環境を抜きにして天秤にかけている。でも、もしその大人達が今の状況の中で学生をやっていたら? ちゃんと一流大学に入って就活を命がけでやっているのに、日本企業は外国人を優先させる。もし自分は採用されたとしても、周りにうまくいかない友だちがたくさんいる。受け皿は確実に少なくなっている。でも大人は学生のせいにする。それを受け入れられるでしょうか。
繰り返しますが学生の学力が落ちているのは事実です。でも今の状況のように、「みんな一緒に」頭が悪くなっている、というのは明らかに変です。みんなで一斉に怠けることを選択した結果学力が落ちました、という説明では納得できない。社会構造に原因の一部がないと、そういう現象は起きないはず。
こんなときに学生をしかりつけてる場合ではないですよね。
こういう手こずる問題は、特定の年齢層や機関に押しつけても解決できません。
という非常事態に大人にそっぽを向かれては、困るのです。
すみませんけど知恵をかしてほしいな、とみんな思ってる。若い子だって「魅力がない」と言われたくてなってるわけではないです。
こういうことを若者の私がいってもほぼ甘えてるようにしか見えないかもしれないけどね。
残念ながら私は「負け組」にカウントされてよいといえる底辺な身分なので、どうしたらよいかなんて素敵な考えは思いつきません。つきませんけれども。
ようやくこうして就職氷河期という状況を客観的に見つめられるようになったので、これからガンガン考えていきたいと思います。
これまで身近すぎて扱えなかったんだよね(笑)。今も身近すぎることに代わりはないんだけど、なんかもう慣れてきた。
なので、一緒に問題を引き受けてはどうですか、という提案です。
魅力がない、なんて嘆かずに、未来のためにも。
茂木さんみたいな有名人が周りに与える影響力の大きさは無視できません。それはtwitterだとより明らかになるようで、彼が勇んで連続postをやろうものなら、すぐに同じ方向を向く人々があらわれます。その教授もそれに呼応するかたちで、就職、はては若者についての考えを連ねています。
というのも、就職難はこれからますます酷くなる一方だという報道が相次いでいるからです。大手の日本企業はもはや日本人ではなく、アジアの「より優秀な」学生を求めています。
その背景にはもちろん「賢くない」日本の学生たちがひしめいているということになります。マーケットの拡大、よりよい人材の確保、どちらも満たすには外国人を採用する方が効率的。その気持ちはわからんでもない。
では我々日本の若者はどうしていったらいいのでしょう。
八方塞がりとも言える状況なだけに、難しいですが一刻も早く解決が求められます。
そんなときにこういう書き方をされるのはすごく心外。
日本の学生の就職「超」氷河期は永久に続く - 藤沢数希
しかし実は第三の理由がある。それはそもそも日本の学生に魅力がないのだ。日本人は大学入試まではかなり勉強するし、実際18歳時点での日本人は諸外国と比べても相当に知的能力が高いと思われる。しかしその後は、ほとんどの日本人は全く知的訓練を受けることなく大学で無為に何年も過ごすことになる。とりわけ文系学部の大学教育は目を覆いたくなるほどひどい状況だ。筆者も日本のいわゆる一流大学の学生を面接することがよくあるのだが、たとえば経済学部の学生に基本的な経済に関する質問をしてみてもほとんどの学生が満足に答えることができない。
(略)
一昔前は一流大学に入学しさえすればそれなりの企業に就職できたし、大学での勉強はあまり重要ではなかった。しかしここ数年の間に出口の部分が大きく変わった。知的能力に乏しい日本の学生に、日本の企業は突然のようにノーを突きつけるようになったのだ。この傾向は今後も変わらないだろうし、アジアの学生との競争はますますはげしくなっていくだろう。また日本の大企業は海外採用を増やし、外国人を上手く組織に組み込むノウハウを蓄積していくだろう。要するに、日本の学生の就職氷河期というのは景気の悪化による一時的なものではなく、今後も恒常的に続いていくものなのだ。日本の学生の就職「超」氷河期は終わらないのだ。
ここに述べられていることは事実です。世間の人も、そして若者自身も「日本の学生はやる気がない」傾向にあると少なからず思っている。
でも。そこで「そもそも日本の学生に魅力がないのだ」と言い放ってしまえるというのは、すごく大変なことだと思うのです。一見ただの事実確認のように思えますが、そこからは深い断絶が読み取れます。「こんな状況だけど、君たちどうするの?」という部外者からの意見のように思える。つまり「俺たちが若い頃より今時の学生は総じてバカ」と言っているようなものです。
なぜそこにモヤモヤしてしまうのか、と思っていたときに、ちょうど読んでいた内田樹の「寝ながら学べる構造主義」で、レヴィ=ストロースの主張に回答を見つけました。
「彼らのうちであれ、私たちのうちであれ、人間性のすべては、人間の取りうるさまざまな歴史的あるいは地理的な存在様態のうちのただ一つのもののうちに集約されていると信じ込むためには、かなりの自己中心性と愚鈍さが必要だろう。私は曇りない目でものを見ているという手前勝手な前提から出発するものは、もはやそこから踏み出すことができない」(『野生の思考』) (寝ながら学べる構造主義 148)
……やっぱり引用だけ抜き出すと分かりづらくなりますね。私が理解したように読み解くと、世界中どこにでも通用する「正しさ」の概念があって、それは全ての人々に等しく通用する、と言うような考え方は、「自分の価値観をごり押ししているに過ぎない」ということです。人々を取り巻く環境は地域によって違うし、時代によっても違います。だからその都度「常識」や「正解」も変わっていく。昔常識だったものが今後ずっと常識である可能性はきわめて低い。
こういう感じでいいのかなレヴィ=ストロース先生?
ということを踏まえますと、今大人が若者の状況を「学生に魅力がないからいけないんだ」ということは、自分たちの若い頃と今の学生を、取り巻く環境を抜きにして天秤にかけている。でも、もしその大人達が今の状況の中で学生をやっていたら? ちゃんと一流大学に入って就活を命がけでやっているのに、日本企業は外国人を優先させる。もし自分は採用されたとしても、周りにうまくいかない友だちがたくさんいる。受け皿は確実に少なくなっている。でも大人は学生のせいにする。それを受け入れられるでしょうか。
繰り返しますが学生の学力が落ちているのは事実です。でも今の状況のように、「みんな一緒に」頭が悪くなっている、というのは明らかに変です。みんなで一斉に怠けることを選択した結果学力が落ちました、という説明では納得できない。社会構造に原因の一部がないと、そういう現象は起きないはず。
こんなときに学生をしかりつけてる場合ではないですよね。
こういう手こずる問題は、特定の年齢層や機関に押しつけても解決できません。
という非常事態に大人にそっぽを向かれては、困るのです。
すみませんけど知恵をかしてほしいな、とみんな思ってる。若い子だって「魅力がない」と言われたくてなってるわけではないです。
こういうことを若者の私がいってもほぼ甘えてるようにしか見えないかもしれないけどね。
残念ながら私は「負け組」にカウントされてよいといえる底辺な身分なので、どうしたらよいかなんて素敵な考えは思いつきません。つきませんけれども。
ようやくこうして就職氷河期という状況を客観的に見つめられるようになったので、これからガンガン考えていきたいと思います。
これまで身近すぎて扱えなかったんだよね(笑)。今も身近すぎることに代わりはないんだけど、なんかもう慣れてきた。
なので、一緒に問題を引き受けてはどうですか、という提案です。
魅力がない、なんて嘆かずに、未来のためにも。
2010/09/04
電話恐怖に対する一考察
電話。
それは生活必需品でありながら、持ち主の心をむしばんでいく危険な電化製品。
「電話をかけるのが苦手」というひとは社会人にもたくさんいらっしゃることが確認できると思います。それは見知らぬ人に話しかける能力の有無にはあまり関係が無く、社交的な人でも「電話はちょっと」という人もいたりします。
ネットで検索してみても、「どうしたら緊張せず電話できるでしょうか」という悩みはあとをたちません。だいたいの人に共通する悩みなのです。そこまで大勢の人を悩ませるなんて、電話ったら罪な製品……。
悩みに対する回答で最も多いのは「誰だって初めは緊張するものだから、場数を踏んで慣れるしかない」というもの。慣れてないから怖いんだ、という考えはごもっともです。けど、それで「そんなこと分かってるけどやっぱ怖いです><」と言う人の緊張を和らげることが出来るかな。
そう言い放つよりも、電話という伝達手段にひそむ恐怖がいったい何なのかを探っていくほうが、時間はかかっても腑に落ちると思うのです。完璧に納得できなくても、少しでも恐怖の正体に検討がついたら、「じゃあ場数を踏もうかな」と自然に思えるかも知れない。
でもネットには具体的なアドバイスはあるけれど、恐怖を解明してくれる回答は見つけにくい。
というわけで自分なりに考えてみた。
・電話はアポなしでいきなり相手の時間を奪う
電話というのはライブです。メールのように送っておいていつでも好きなときにお読み下さい、というものではないから、いつ電話がかかってくるか予測不可能。現在のコミュニケーションツールでこんなに「いきなり、かつ無理やり」感があるのは電話しか思いつきません。
取らなければ良いじゃない、といいますが仕事となるとそれは論外だし。
というわけで、こちらから電話をかけるときはかなりの確率で相手の作業を中断させてしまうことになります。そういう意味では最初から不愉快なツールであるわけです。それを使うのだから緊張するのも仕方ないと言えますね。しゅん
・電話は声だけでがんばる不確実な手段
『産業教育機器システム便覧』によると、五官による知覚の割合は視覚器官が83%、聴覚が11%、臭覚3.5%、触覚1.5%、最後の味覚が1.0%、であるとしています。
参考:http://www2s.biglobe.ne.jp/~ganko/kikaku/polytech/1-5.html
電話をつかうとき、五官のうち使えるのは聴覚のみということになります。面と向かって喋るときには99%の知覚をつかって情報を得られるというのに、電話だとたったの11%。ワァオ!(セイン・カミュ風に)
しかも普段は意識してない「声」だけが頼りです。そんなほぼ丸腰状態でつねにライブでコミュニケーションをとらねばならない。喋る内容をメモしていたとしても、それを読み上げたり、相手の答えを聞き取るという行為はすべてアドリブ。こう考えてみると、電話ってそうとう無茶振りに思えてきます。その無茶振りが恐怖だけでなく「電話っておっくう」と思う原因にもなっていそうですね。
何より相手が見えないって人間にとってかなりのストレスです。それだけで一気に8割の情報を受け取れなくなってしまう。電話恐怖の原因はここが大きいのではないかと思うのです。この人が今どういう気分なのかを声だけで読み取るわけですが、11%では完璧に把握するのは不可能ですし、誤解するのも簡単です。ちょっとした軽い冗談でも、ストレートな皮肉として受け取ってしまいぐさっと突き刺さってしまうとか、そういう「あわわわわ」な状況になりやすい、不安定さがつきまといます。
ついったーでシトロさんが電話をつかうときの状況を的確にあらわしてたので引用しますね
「目隠しした状態で、同じく目隠しした相手のところへと突然どこでもドアで乱入。何事もなかったかのごとく自然に会話を成立させる。触れてはいけない、匂いを感じてはいけない…」
どうでしょう。もう平常心で電話をかけられなくなったでしょう?フフフ。て目的と逆の方向をいってしまった。
まとめると、「相手に失礼かもしれない」「相手も私もお互いに見えないのが怖い」「なのに常にアドリブしなければいけない」という不安要素のコンボが、電話恐怖の素になっていると。私の意見はこうなります。
ではどうしたら電話と仲良くできるのか。
・相手が電話に出ているところを想像する
見えないのなら想像してしまえ! 今まで自分が電話をかけるほうの視点でしか書いてませんが、受け取るときも一緒です。相手も自分が感じてる「不愉快さ」や「相手への遠慮」を持ち合わせているかも知れない。見えないことによる不安が大きいのでたまに忘れますが、向こうにいるのは同じ人間だったりします。もしぶっきらぼうに応対されたとしても、それ以上の最悪な事態(焼かれるとか)はないです、たぶん。
・電話の無茶振り具合を前提にして工夫する
電話は交換できる情報がきわめて少なく、かつライブであるため推敲もできず、最初からめんどくさいツールです。もし完璧にすらすらと喋ったとしても、相手がそれをすらすらと受け取れる保証はありません。「相手に伝わるか分かんない」という状況からスタートしているのだ、という認識をしておくことが必要になります。
すると、自然に「どうにかして相手に分かってもらおう!」と思う気持ちが生まれます。それだ!
そもそもコミュニケーションの基本は「相手の気持ちを考える」ということだと思いますけど、電話ではもっと念入りにやってやる。
もし「相手も私と同じくらい電話恐怖心を抱えていて、受話器を持つ手がガタガタ震えているに違いない」
と考えたとき、「じゃあどんな人から電話をもらったら怖くないかな?」と考えます。
ちょっと考えただけでも「日本語が聴き取りやすい」とか「こっちの時間を奪ってるということを理解できている」とか「にこやか」とかすぐでてきたので、それを心がければあら不思議、電話が可愛く見えてきましたね。
ここで私が気をつけたいナーと思うのは「大人の対応を目指さない」ということです。大人であることを示すために電話使ってるんじゃないもん。オペレーターのようなマニュアルを身につけると、確かに大人な感じはします。でも今まで緊張でガタガタ震えていた人がマニュアルをいきなり習得するのは、けっきょく「場数を踏めやゴルァ」といってることと一緒なのだと思います。かっこよく受け答えできますが、それは電話のめんどくささ、不安さを棚に上げるだけで、それで根本的な解決になったらいいけど私はならなかったよ☆
で、電話の不安定さを認識し、相手に配慮しすべきふるまいが見つかると、今までより恐怖心は消えます。私は消えた。だって恐怖は電話というツールがもたらす面もあって、全責任が私にあるわけではないからです。私だけが使えないのではなく、もともと使いにくいものである。だから使いやすいように工夫をこらす。そう考えれば、ガチガチ震えて涙をためるなんてこと、なくなるんじゃないかなあ。
それは生活必需品でありながら、持ち主の心をむしばんでいく危険な電化製品。
「電話をかけるのが苦手」というひとは社会人にもたくさんいらっしゃることが確認できると思います。それは見知らぬ人に話しかける能力の有無にはあまり関係が無く、社交的な人でも「電話はちょっと」という人もいたりします。
ネットで検索してみても、「どうしたら緊張せず電話できるでしょうか」という悩みはあとをたちません。だいたいの人に共通する悩みなのです。そこまで大勢の人を悩ませるなんて、電話ったら罪な製品……。
悩みに対する回答で最も多いのは「誰だって初めは緊張するものだから、場数を踏んで慣れるしかない」というもの。慣れてないから怖いんだ、という考えはごもっともです。けど、それで「そんなこと分かってるけどやっぱ怖いです><」と言う人の緊張を和らげることが出来るかな。
そう言い放つよりも、電話という伝達手段にひそむ恐怖がいったい何なのかを探っていくほうが、時間はかかっても腑に落ちると思うのです。完璧に納得できなくても、少しでも恐怖の正体に検討がついたら、「じゃあ場数を踏もうかな」と自然に思えるかも知れない。
でもネットには具体的なアドバイスはあるけれど、恐怖を解明してくれる回答は見つけにくい。
というわけで自分なりに考えてみた。
・電話はアポなしでいきなり相手の時間を奪う
電話というのはライブです。メールのように送っておいていつでも好きなときにお読み下さい、というものではないから、いつ電話がかかってくるか予測不可能。現在のコミュニケーションツールでこんなに「いきなり、かつ無理やり」感があるのは電話しか思いつきません。
取らなければ良いじゃない、といいますが仕事となるとそれは論外だし。
というわけで、こちらから電話をかけるときはかなりの確率で相手の作業を中断させてしまうことになります。そういう意味では最初から不愉快なツールであるわけです。それを使うのだから緊張するのも仕方ないと言えますね。しゅん
・電話は声だけでがんばる不確実な手段
『産業教育機器システム便覧』によると、五官による知覚の割合は視覚器官が83%、聴覚が11%、臭覚3.5%、触覚1.5%、最後の味覚が1.0%、であるとしています。
参考:http://www2s.biglobe.ne.jp/~ganko/kikaku/polytech/1-5.html
電話をつかうとき、五官のうち使えるのは聴覚のみということになります。面と向かって喋るときには99%の知覚をつかって情報を得られるというのに、電話だとたったの11%。ワァオ!(セイン・カミュ風に)
しかも普段は意識してない「声」だけが頼りです。そんなほぼ丸腰状態でつねにライブでコミュニケーションをとらねばならない。喋る内容をメモしていたとしても、それを読み上げたり、相手の答えを聞き取るという行為はすべてアドリブ。こう考えてみると、電話ってそうとう無茶振りに思えてきます。その無茶振りが恐怖だけでなく「電話っておっくう」と思う原因にもなっていそうですね。
何より相手が見えないって人間にとってかなりのストレスです。それだけで一気に8割の情報を受け取れなくなってしまう。電話恐怖の原因はここが大きいのではないかと思うのです。この人が今どういう気分なのかを声だけで読み取るわけですが、11%では完璧に把握するのは不可能ですし、誤解するのも簡単です。ちょっとした軽い冗談でも、ストレートな皮肉として受け取ってしまいぐさっと突き刺さってしまうとか、そういう「あわわわわ」な状況になりやすい、不安定さがつきまといます。
ついったーでシトロさんが電話をつかうときの状況を的確にあらわしてたので引用しますね
「目隠しした状態で、同じく目隠しした相手のところへと突然どこでもドアで乱入。何事もなかったかのごとく自然に会話を成立させる。触れてはいけない、匂いを感じてはいけない…」
どうでしょう。もう平常心で電話をかけられなくなったでしょう?フフフ。て目的と逆の方向をいってしまった。
まとめると、「相手に失礼かもしれない」「相手も私もお互いに見えないのが怖い」「なのに常にアドリブしなければいけない」という不安要素のコンボが、電話恐怖の素になっていると。私の意見はこうなります。
ではどうしたら電話と仲良くできるのか。
・相手が電話に出ているところを想像する
見えないのなら想像してしまえ! 今まで自分が電話をかけるほうの視点でしか書いてませんが、受け取るときも一緒です。相手も自分が感じてる「不愉快さ」や「相手への遠慮」を持ち合わせているかも知れない。見えないことによる不安が大きいのでたまに忘れますが、向こうにいるのは同じ人間だったりします。もしぶっきらぼうに応対されたとしても、それ以上の最悪な事態(焼かれるとか)はないです、たぶん。
・電話の無茶振り具合を前提にして工夫する
電話は交換できる情報がきわめて少なく、かつライブであるため推敲もできず、最初からめんどくさいツールです。もし完璧にすらすらと喋ったとしても、相手がそれをすらすらと受け取れる保証はありません。「相手に伝わるか分かんない」という状況からスタートしているのだ、という認識をしておくことが必要になります。
すると、自然に「どうにかして相手に分かってもらおう!」と思う気持ちが生まれます。それだ!
そもそもコミュニケーションの基本は「相手の気持ちを考える」ということだと思いますけど、電話ではもっと念入りにやってやる。
もし「相手も私と同じくらい電話恐怖心を抱えていて、受話器を持つ手がガタガタ震えているに違いない」
と考えたとき、「じゃあどんな人から電話をもらったら怖くないかな?」と考えます。
ちょっと考えただけでも「日本語が聴き取りやすい」とか「こっちの時間を奪ってるということを理解できている」とか「にこやか」とかすぐでてきたので、それを心がければあら不思議、電話が可愛く見えてきましたね。
ここで私が気をつけたいナーと思うのは「大人の対応を目指さない」ということです。大人であることを示すために電話使ってるんじゃないもん。オペレーターのようなマニュアルを身につけると、確かに大人な感じはします。でも今まで緊張でガタガタ震えていた人がマニュアルをいきなり習得するのは、けっきょく「場数を踏めやゴルァ」といってることと一緒なのだと思います。かっこよく受け答えできますが、それは電話のめんどくささ、不安さを棚に上げるだけで、それで根本的な解決になったらいいけど私はならなかったよ☆
で、電話の不安定さを認識し、相手に配慮しすべきふるまいが見つかると、今までより恐怖心は消えます。私は消えた。だって恐怖は電話というツールがもたらす面もあって、全責任が私にあるわけではないからです。私だけが使えないのではなく、もともと使いにくいものである。だから使いやすいように工夫をこらす。そう考えれば、ガチガチ震えて涙をためるなんてこと、なくなるんじゃないかなあ。
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